『ホワイト・ティース』上下 ゼイディー・スミス 小竹由美子/訳
中公文庫 2021.7.6読了
新潮クレスト・ブックスで刊行されているのだが、絶版になり手に入りにくかったこの作品。このたび中公文庫から復刊されたのを知り、思わず書店でにんまり。
疾走感あふれる文章とリズム。イギリス文学というよりもどちらかというと現代アメリカ文学のよう。時代も内容も全然異なるのに、雰囲気は騎士道物語として有名な『ドン・キホーテ』のようだ。そう、もはや喜劇に思える。
特にコミカルなのは前半(上巻)である。ロンドン育ちでいわゆる「いい人」のアーチーと、バングラデシュ出身のムスリムで教養と端正な容貌を併せ持つサマードとの友情は、戦地で一緒に戦った者同士ならではの絆がある。中年になった彼らが再会するところから始まるが、物語は過去や結婚相手の視点へと移り変わる。
そして後半(下巻)は、アーチーとサマードそれぞれの子供たちの物語となる。著者がこの作品を書いた年齢に近いからか、登場人物の心情がより鮮明に映し出されているような気がする。SNSやスマホやらが一切出てこないから、20年ほど前の作品というのは納得できる。
全体を通してスピード感がある。息つく暇がないほど目まぐるしく、多様性、宗教、遺伝子工学、園芸など色々なものがごちゃまぜに詰まっている。文字通り、ゆっくり息が出来ない感覚で、読んでいて少し疲れたのが正直なところ。
タイトルが「ホワイト・ティース」=「白い歯」というのはどういう意味なんだろう?とずっと考えていた。作品中でも「臼歯」「犬歯」「歯医者」「親知らず」など、歯にまつわるエピソードは何度か出てきて、小見出しのタイトルにもなっている。
それよりも、肌や髪の毛の色が違っても歯の色は同じ、つまり人間はみな同じだということを著者は伝えたかったのではないか。もはや人間だけでなく、歯は動物だって魚だって白いのが当たり前。そう思うと「歯」ってとんでもないものなんだなぁ。
著者が女性で、これを書いたのが若干24歳だったこと、これは最初から知識としてあったけど、知らなかったら絶対に壮年男性が書いたものだと思うはずだ。文章や構成、物語としての完成度が優れているのはもちろんだが、前半の、アーチーとサマードの中年男性ならではの下半身事情はそうそう書けるものじゃない。ともかく、これだけの壮大な物語を想像力で描けたというのが驚きだ。