書に耽る猿たち

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『本心』平野啓一郎|本心がわからなくたっていいじゃない

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『本心』平野啓一郎 ★

文藝春秋 2021.7.4読了

 

月発売されたばかりのこの『本心』は、刊行前から話題にも上り、特設サイトまである(まだ中身は見ていない)くらいだから、やはり平野さんの人気は凄まじい。そんな私も平野さんのファンの1人であり、小説が刊行されたら必ず買っている。平野さんクラスになると期待が大きすぎて、読むと「こんなものか」と思ってしまうこともあるのだが、そんな予感は稀有に終わり、非常に深みのある作品だった。

の小説ではVF(ヴァーチャル・フィギュア)が登場する。AF(AIフレンド)を主人公にしたカズオ・イシグロ著『クララとお日さま』を連想する。日常生活にも浸透してきたAI関連の作品が増えそれに興味を持つのは、私たちに身近な存在になりつつあると実感しているからなのだろう。AIが人間に取って代わられるという多少なりともの脅威もあるのだろうか。

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ララと違って、この小説では石川朔也という人間の視点で語られる。作品の舞台は2040年とそう遠くない未来、「自然死」以外に「自由死」が認められている。朔也の最愛の母親は事故死で亡くなったが、生前「自由死」を希望していた。朔也は母親がいなくなった虚無を埋めるためにVFを作ることにする。そして思いもよらなかった母親の本心を知ることになるー。   

人タクシーを拾ったり、レストランではレーンから料理が運ばれたり。本当に20年後にはありそうな近未来の様々な生活様式。ますますAIによる機械化が進み、人間の感情表現が乏しくなってしまうのかと思いきやそんなことはない。朔也はVFの母親や、現実に生きる人々との関わりを通して成長していく。

は「本心」を隠すことなしには生きられないのではないだろうか。そもそも、自分の「本心」すらわからないことだってあるのではないか。そして、「本心」がわからないほうが人を幸せにできるならそれでもいいじゃないかなんて思った。

の小説には疑問符が多い。朔也が問いかけることは、私たちが日々自問自答していることで、でも外部に向かっては発信できていないことだ。人の「本心」とは何かを探ると同時に、格差社会の問題を社会に投げかけている。貧富の差から生まれる、どう足掻いても自分の力では埋められないもの。また、国籍による格差についても考えさせられる。

親が産まれてきた赤ちゃんをまるで殺めようとしているかのように見える単行本ジャケットの絵は、少し恐ろしくもある。ラストが若干まとまりがないように感じてしまうが、平野さんの美しく人の心を打つ表現が読んでいて心地良かった。AIフレンド、ヴァーチャルの母親ときたから、今度はAIの恋人、はてはAIの結婚相手が出てくるような作品を読んでみたい。

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