『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子
講談社文庫 2021.7.31読了
おんとし97歳の佐藤愛子さんは、とても美しく気品に溢れている。もちろん外見が若々しいのもそうだが、内面から湧き上がるこの美しさは、彼女自らが強く気高く生き抜いてきた賜物だと言える。
過去に佐藤愛子さんの大河小説『血脈』を読んだ時、あまりのおもしろさに没頭してしまった。自伝的小説ということで、佐藤家の濃い血がすさまじい勢いで感じられた。その血が愛子さんにもまた流れている。
表題作の『戦いすんで日が暮れて』は1969年に直木賞を受賞された作品。こんなに短い作品も受賞するんだなと意外に思う。愛子さんの実体験に基づいた小説で、苦労した話なのにユーモア溢れた作品に仕上がっている。
夫の会社がある日突然倒産、そこから怒りながらも前を向き、馬車馬のように働き借金を返済していくというストーリー。「我々は善意にこそ用心しなくてはならない」ということ、「何があっても微動にしない夫の観念にむしろ安堵した」という部分が印象的だった。愛子さんの家族が破産したという体験がなければこの作品が書かれず、直木賞も受賞せず国民的作家にならなかったのだとすれば、苦難を味わったこの経験は大きい。
他に7つの短編が収録されている。なんと、ほとんどが倒産がらみのストーリーなのには驚く。これだけ集めると、なんだか慣れてくるというか、借金による苦悩はどうってことないなぁなんて思えてくる。健康でさえいれば、人生なんてやり直しができるのだ。
珍しく男性が主人公になっている『マメ勝ち新吉』と、45歳キャリア女性の悲しい恋を描いた『田所女史の悲恋』がおもしろかった。会話に飛び交う言葉は古めかしく時代を感じさせるが、それがまた新鮮なのである。