『少年と犬』馳星周
文藝春秋[文春文庫] 2023.5.3読了
犬が主役、そして人間と犬の絆を描いた作品である。動物の中でも犬は際立って人間との距離が近く寄り添うように買主に尽くす。忠犬ハチ公のイメージも強いのだろう。だからどうしてもお涙頂戴的なストーリーなんだろうなと予想していた。そうわかっていたのに、この犬に、犬と人間たちのエピソードに魅了させられた。
様々な事情を抱える人の元に、多聞(たもん:犬)が現れる。窃盗犯の手助けをする人、自殺をしかける人、生きることに疲れた娼婦など。つまり、人生の岐路に立たされた人たちが出会うべくして犬と出会うのだ。彼らに寄り添うようにするこの犬は一体何者なのだろう。ある人物の人生の中で、犬と生活した一部を描いた連作短編集となってる。
多聞は、その時々に住む土地から見て南を向いたり西を向いたり、まるで元の飼い主や家族がその方角にいて探しているかのように振舞う。最終章では全てが集約されてある結末にたどり着く。あぁ、やっぱりこうなるんだなとわかっていても、ほっこりと安らぎの吐息が漏れる。犬を飼っている人にとってはなおのこと感動で胸いっぱいになるだろう。
馳星周さんがこういう作品を書くとは思わなくて、この小説で直木賞を受賞された時は驚いた。なんといっても馳さんといえば『不夜城』だ。あれは映画の方が好きだけれど、小説も圧巻であの雰囲気は他の作家にはない。馳さんはちょっとダークな世界を描く作風だったので、新境地で直木賞を受賞されたんだなぁ。前回受賞作の千早茜さん著『しろがねの葉』も彼女の新境地だった。意外と、作風を変えることでなにか掴めるもの、読者や審査員に響くものがあるのかもしれない。