書に耽る猿たち

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『心淋し川』西條奈加|淋しさは人間独特の感情で、良いじゃないか

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『心淋し川(うらさびしがわ)』西條奈加 ★

集英社集英社文庫] 2023.11.2読了

 

164回直木賞受賞作品である。文庫になってからなのでだいぶ遅くなってしまったが、心温まり気持ちが晴れやかになる充実した読書時間となった。連作短編は読みやすい反面しばし単調になりやすいのだが、この作品は江戸の情緒あふれる人間模様がしみじみと味わい深く、寂しいような悲しいような、だけどどこか優しさが残る作品群で、どれも良かった。

 

「誰の心にも淀みはある。時々を流しちまった方がよほど楽なのに、こんなふうに物寂しく溜め込んじまう。でも、それが、人ってもんでね」(44頁)

戸の千駄木町の一角にある心町(うらまち)。さびれた町ではあるが、そこに住む人は懸命に生きている。人間の、人生の不条理を優しい筆致で書き上げる。淋しさという感情は人間独特なもので、良いものじゃないかと思わされる。

 

が4人で暮らす家で最年長の「りき」が張形に仏を彫る『閨仏(ねやぼとけ)』と、料理屋を営む「与吾蔵」がかわいらしい少女に出会う『はじめましょ』が特に気に入った。特に、考え得る最善のラストにならないところが良いのだ。

 

『冬虫夏草(とうちゅうかそう)』と題された作品がある。実は、先日生まれて初めて冬虫夏草を食べた(料理のコースでスープに入っていた)。このキノコ類は漢方として食されている。その影響かはわからないが、翌日は身体の調子が良かった記憶がある。この短編では母親が息子を想う気持ちが痛いほど、狂おしいほど、怖いほどわかる。

 

編にふらりと登場する差配の茂十(もじゅう)がとても良い味を出している。茂十がいることで筋が一本通っているようで、この心町にみなが安心して過ごせるように思う。最後まで読むと、この茂十が心町の差配になった理由も明かされ物語は大円団を結ぶかのようにひとつの束となる。

 

近の時代小説はものすごく読みやすいと感じる。ひと昔前までは、時代小説といえば堅苦しくて、私も好きだけどちょっと読む前に身構えるというか…。数か月前に読んだ、これも直木賞受賞作の『木挽町のあだ討ち』もするすると読めた。

 

国文学を続けて読んでいたからか、日本人作家のものを読んでほっと落ち着いた気分になった。訳文ではないからか、やはりするすると頭に入ってくるから気が楽である。海外小説自体は好きだし、素晴らしい訳者さんが多いので訳された言葉が読みづらいわけではないのだが、多分日本人としての気質というか感じ方が根底にあるから、やはり日本人の文章はするりと入ってくるんだろうな。だから外国人が日本語で語るものはちょっと違う。フィルターを通して見るような感じになる。西條さんの他の作品も読んでみよう。

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