書に耽る猿たち

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『亡霊の地』陳思宏|思考すればするほど安楽から遠のく

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『亡霊の地』陳思宏(ちんしこう) 三須祐介/訳

早川書房 2023.11.5読了

 

近台湾関連の作品は数多い。台湾人が書いたものもあれば日本人が書いたものも多い。どれもがゆるやかで優しいイメージがつきまとう。どこか馴染みのある、妙に落ち着く印象を持つのは、かつて日本統治時代があった歴史故であろうか?台湾という土地がもたらすイメージだろうか?

 

湾の2大文学賞を受賞したこの作品は、あらすじだけを読むとかなりおもしろそうで、でもAmazonや読メのレビュー数は極端に少ないから不思議だった。外国文学の中でも中国や台湾の作品になると漢字が多いからとっつきにくいのもあるだろう。

 

性愛者の陳天宏(チェンティエンフォン)は、ベルリンで恋人を殺した罪で服役していた。刑期を終えて生まれ育った永靖の地に戻ってきた彼は、かつての同級生や隣人、そして姉たちと会う。天宏は7人兄弟で5人の姉と兄が1人いる。番号で振られた章ごとに人物が入れ替わり、また現代から過去の出来事に移る筆が絶妙でいい按配に読者も彷徨う。

 

宏が何故恋人を殺してしまったのか、そしていなくなった両親や姉などの、引き裂かれた家族の謎が少しづつ解き明かされていく。こんなにも登場する人みんなが闇を抱えていて、誰一人幸せそうにしていない小説も久しぶりである。ただ、それが人間の生き様であり、思考すればするほど人は安楽から遠のいていくのかもしれない。

 

なり暗いストーリーで陰鬱な雰囲気が絶えず漂っている。結構集中して読む必要があるので若干疲れた。人間の心の奥底にある魂の叫びみたいなものがこの作品の中にはあって、それは亡霊として、つまりこの世にはいない霊としての声にもなる。生者の声と死者の声は、こだまし合う。そういう意味では滝口悠生さんの『水平線』を思い出した。

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者の声にも耳を傾けよう。必ず、自分の中に生きている声としてあるはずだ。両親と兄弟姉妹に、そして故郷へ送る鎮魂歌のような作品だった。

 

者の陳思宏さんはこの作品の舞台、台灣の片田舎「永靖」出身であり、自身は9人兄弟の末っ子、そして自らをゲイであると公にしている。フィクションではあるがある程度自分の体験を元にしているようだ。訳者によるあとがきがとても良かった。亡霊の地(鬼地方)を訪れた体験が書かれており、私自身もこの地に足を踏み入れた気になり想いを馳せることができた。