新潮文庫 2021.4.6読了
まるで谷崎潤一郎さんの『春琴抄』のように、一文がひたすら長い。私が今まで読んだ堀江さんの2作に比べても圧倒的な長さである。それでも、独特の言い回しとリズムのある文体が心地良く、いつしか読みやすくさえ感じ、あぁ、私はやはり堀江さんの書くものが好きなんだなぁとしみじみ感じ入る。
時間給講師や翻訳を仕事にする「私」は、背中に龍を背負った正吉(しょうきち)さんと知り合う。正吉さんの生業は印鑑職人であり、過去は謎めいでいる。カステラの包みを残して突然消えた正吉さん。そんな出来事から物語は幕を開ける。「私」はのんびりと正吉さんを探しながらも、日々の営みを楽しみながら過ごす。
小説の中では、行きつけのお店で知り合う人と仲良くなるなんてことがよくある。「私」と正吉もそうだ。現実にはそんなに多くないのではないか。私が1人で飲みに行くことはないから知らない世界なだけなのかもしれないけれど。でも。こういうふとしたきっかけで仲良くなれる相手がいるのは運命のようで素敵なものだ。
登場する人物がどうしてだかゆっくりと動いているようにみえる。これは堀江さんマジックとも言えるのかもしれない。みんな生き方に余裕を持っているかのようで、所作だけでなく言葉を話すのもゆっくりと感じる。
主人公「私」の仕事柄か、色々な小説が作中に出てくる。古いものがほとんどでわからないものが多かったのだが、教え子の咲ちゃんともんじゃ焼きを食べている時に『スーホの白い馬』が出てきた時には懐かしいなぁと小学生時代を思い出す。作品の内容よりも、モンゴル衣装を着たスーホの挿絵の印象がとても強い。「私」が言うように、良い絵本は本当に賞味期限が長い。
昭和の名馬(私は詳しくないが)に想いを馳せながら、競馬の思い出、都電が走るシーン、咲ちゃんの短距離走など、疾走する場面が多いのに、何故だか心は和む落ち着いた作品である。