書に耽る猿たち

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『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス|忍耐と狂気の人間ヴィクの心理をさぐる

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『水の墓碑銘』パトリシア・ハイスミス 柿沼瑛子/訳

河出書房新社河出文庫] 2022.5.18読了

 

出文庫からハイスミスさんの小説の改訳版が出た。久しぶりにあのゾクゾク感を味わいたくなった。彼女の小説は2作しか読んでいないが、どちらもおもしろく引き込まれた。

ィクは妻のメリンダと娘のトリクシーと3人で暮らす。資産家のヴィクは出版の仕事をしながらカタツムリを飼うなどの趣味を持つ。メリンダは数年前から浮気を繰り返しており、ヴィクはそれを承知しながらも嫉妬心を表に出さず淡々と忍耐強く暮らしている。

ィクとメリンダは何故一緒にいるんだろう。ヴィクはこんな我慢を強いられて、メリンダからしても夫への愛がなくなり他の男性に次々と惹かれるのなら離婚したらいい。「好きだから一緒にいる」「嫌いだから別れる」というだけでは解決できない婚姻関係、別れたくても別れられない夫婦の歪な形がここにもある。

リンダの浮気相手の1人が何者かに殺害され、その犯人が自分であると吹聴しそれを楽しむヴィク。そして、ついに本当に殺人に手を染めていってしまう。どのような心理がこういった行動をもたらすのか、この夫婦はどうなってしまうのだろう。

ィクという主人公のなんと癖があり特異な人物であることか。決して好人物とはいえず共感も出来ないのに、彼の心理が変化する様や忍耐力を試す姿をみていると、もっともっと狂ってしまえ、想像できないところに読者を連れて行ってくれと願ってしまう。頭のいいところと図太い神経が、おとなしいハンニバル・レクターを連想させる。

間は何を頼みにして生きているのだろう。メリンダは、ヴィクのそれをエゴだという。ヴィクという人間は何に喜びを感じるのだろう。最後はこうなるだろうという結末で幕を閉じるが、その瞬間すらヴィクは薄ら笑いを浮かべているようだ。たぶん、日本でいう「イヤミス」になるんだろけど、この不快感って沼に入ると抜け出せないんだよなぁ。

始一貫して仄暗い陰鬱さが漂っているのに、食事の場面は何十回と繰り返される。食事だけは時間をかけて丁寧に作られ、美味しそうにじっくりと味わう描写が多い。食事のシーンには光が差し、浮き上がっているように感じた。

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