書に耽る猿たち

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『八甲田山死の彷徨』新田次郎|成功と失敗、組織のリーダーとは|天はわれ達を見放した

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八甲田山死の彷徨(ほうこう)』新田次郎 ★★

新潮社[新潮文庫] 2022.7.6読了

 

れは明治35年に青森で実際に起きた八甲田山の遭難事故を元にして作られた小説である。記録文学に近い。そもそも何の目的でこのような行軍があったのかというと、ロシアとの戦いに備えた極寒での訓練のためであった。   

軍は2つのルートで行われる。弘前ルートを辿るのが、徳島大尉率いる弘前歩兵第三十一聯隊(れんたい)、総勢38名の小規模聯隊である。一方、青森ルートを辿るのが、神田大尉率いる青森歩兵第五聯隊、総勢210名の大規模聯隊だ。この2つの行軍は対照的な結末をたどる。

五聯隊にいる山田少佐は「雪の中を行く軍(いくさ)と書いて雪中行軍と読むのだ。いくさをするのにいちいち案内人を頼んでおられるか、軍自らの力で困難を解決して行くところに雪中行軍の意味があるのだ」(141頁)と言う。この「案内人」をおくかどうかで行軍の行方が大きく左右されることになる。

雪、猛吹雪で凍死寸前の中、発狂者が次々と出てくる様は、読んでいて恐ろしくなる。落伍者でなく疲労凍死者が続出する。用便を垂れ流したらそれが凍結してしまい凍死する。歩いている姿のまま直立で凍死するとは一体どういうことか。 

「天はわれ等を見放した」(193頁)

画(1977年公開高倉健さん、北大路欣也さん出演『八甲田山』。当時大ヒットしたそう。私はまだ観ていない)でも有名なこのセリフを見つけた。この言葉で神田大尉は生きる希望を微塵もなくしてしまう。神田はこのような結果になった理由をいくつか挙げたが、この計画を立てたのは自分であるから、全ての責任は自身にあると悟る。

んでいて戦慄した。青森第五聯隊による章「彷徨」では、何度も鳥肌が立った。行軍を成功に導いた第三十一聯隊、つまり徳山大尉の働きは素晴らしいものがある。しかし、第五聯隊の事故の後、軍の寒中整備は全面的に改良されこれから行われる戦争での敗北を未然に防いだともいえる。第五聯隊が不名誉だったのではなく、雪と勇敢に戦った結果だと後の委員会で語られるのを読んで救われる。

功した人たちよりも失敗と言われる人たちから学ぶことが多く、小説を盛り上げ、私たちへ考え方を問うているのも第五聯隊なのだ。まさしく、これが文学の力である。古い小説なのに全く色あせていない。名作と言われるだけあって素晴らしい作品であった。ドキュメントさながら、臨場感たっぷりに生々しい生死の境目が浮かぶ。組織・リーダーシップを培うためのビジネス書としてこの本を読む会社もあるようだ。

Twitter万城目学さんが「書店で小学校1〜2年生の女の子がこの本を食い入るように読んでいて、二度見してしまった」とつぶやいていた。それを見た私の方が気になった。新田次郎さんの作品は『孤高の人』だけしか読んだことがないが、私にとってはこの作品の方がガツンときた。とにもかくにも、万城目さんと小学生の女の子には感謝である。