書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『三の隣は五号室』長嶋有|人はただ生きているだけでも感動や共感を呼び起こす

f:id:honzaru:20230706071348j:image

『三の隣は五号室』長嶋有

中央公論新社[中公文庫] 2023.7.6読了

 

一藤岡荘という古いアパートに住んだ多くの人々がいる。連作短篇集とはちょっと違って、部屋にあるもの(というか生活に欠かせないけれど脇役である何か)がバトンをつないでいくような感じ。例えばガス管に繋がれたホースであったり、誰かが置き忘れた洗剤であったり。そのバトンで次から次へと人が変わるりはするが、行きつ戻りつするから、住人がみんな一緒に住んでいるような錯覚に陥る。

 

章は溜め息がでるほど巧みで、優しさと滑稽さを合わせ持つ。特に会話文のあとに続く地の文にセンスが溢れていると感じた。そして、驚くのがやはり構成力だ。こんな作品はなかなか読んだことがなくて斬新だ。読んでいていつの間にか小説の世界に引き込まれてしまう。長嶋有さんは物語を紡ぐのがとてつもなく上手い。

 

貸住宅を舞台として、そこに住んだ人々の日常を切り取ったストーリーである。人はただ生きているだけでも実は様々なことが起きていて、それがちょっとした感動や共感を呼び覚まし、そうした積み重ねが生きているという実感になるのだ。

 

嶋さんの著作は書店でもよく目にするが、読むのは初めてだった。彼は漫画家、俳人、コラムニストでもあり、幅広く活動されているようだ。なるほど、色々な物事に対して広範囲に興味があり常にアンテナを張っているんだろうなと思わされる。この本も、ポルトガル語訳者木下眞穂さんがおすすめしていた本である。

 

貸住まいの生活を描いた作品といえば、滝口悠生さんの『高架線』を連想する。あれもおもしろかったなぁ。

honzaru.hatenablog.com