書に耽る猿たち

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『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀|独特の世界観で魅了する

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『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀

KADOKAWA  2022.7.12読了

 

めて訪れたヨーロッパの国がベルギーだったこともあり、首都ブリュッセルの古き美しき建物の荘厳さがありありと目に浮かぶ。今でもあの感動は忘れない。この小説の舞台は、現ベルギーがある位置のフランドル地方である。時代は18世紀。表紙のイラストはブリューゲルの作品のようであたたかさがこもる。

麻糸商ファン・デール氏には、双子の姉弟(姉ヤネケ、弟テオ)がいる。そこに、かつての仕事上の相棒の子供、ヤンを引き取ることになる。3人の子どもたちはまるで家族のように暮らす。性生活に興味を持ったヤネクは、実験を行うようにヤンと性行為を行い子どもを産む。その後、ヤネクは女性だけの宗教施設「ペギン会」へと入ってしまうのだった。

性がまだ生きづらかった時代の話である。ヤネクは類い稀な頭脳と行動力を持ち、数学、生物学、科学分野などで次々と本を書く。しかし女性名では出せないからテオやヤンの名を借り男性名で発表するのだった。どこまでも自由奔走なヤネク、芯を貫き生きる姿は惚れ惚れする。

ンは、ヤネクのことを「人でなし」だという。傲慢で自分勝手で、何より自分が産んだ子どもをそっちのけにする。それなのにヤンは一途にヤネクを想うのだ。例え自分の元に戻らなくても。ヤネクはヤンに結婚をすすめ、何人もの妻をめとうことになる。でも、ヤネクは本心を隠しているのだと思う。

の作品では「ひどい」という言葉が「非道い」という漢字で書かれている。私たちがよく使う「ひどい」は、漢字で書くと「酷い」だけはなく「非道い」と使われることもあるのか。人の道を外れているというより残酷な印象を受けた。

藤亜紀さんの小説は初読みだ。上級者向けのファンタジーなんて言われているからもっと難しいのかと思っていたが、そんなことはなかった。独特の世界観で個性が際立っている。一度読んだら忘れ難い感じ。こういう作品って多くの人が書けるわけではないと思う。才能なんだよなぁ。

く簡素な文体なのに、魂の叫びと優しさが入り混じっている気がする。ヤネクの発する言葉と態度には人を惹きつけるものがあり、それが人間らしいヤンを虜にしてやまない。歳を重ねた2人が人心地つく場面ではなんともいえない穏やかで神々しい気持ちになった。