『春』島崎藤村
新潮社[新潮文庫] 2023.1.18読了
島崎藤村著『破戒』を読んだのはいつだったかなと振り返ると、2年近く前だった。次は大作『夜明け前』を読もうと思っていたのに、さらっと一冊で読めるかと今回は『春』を選んだ。なんせ、まだコロナ明け(万全ではないが)だから大長編を読むのにはまだ本調子ではないのだ。ま、それでも明治の文豪の作品に軽い気持ちでは挑めないか。
岸本(作者である藤村を投影)と菅ら友人同士の会話を読んでいると、二十歳そこそこの若者がこんな大人びた会話をするものかなと首を傾げたくなる。しかしこれは藤村さんの自伝的作品であり、登場人物も実在の人をイメージさせている。だからこんな会話は確かにあったんだ。将来の文豪は会話も大人びている。
若かりし日の岸本に降りかかる困難と苦悩、特に勝子への恋の苦しみにもがく様子がよくわかる。青春時代の異性への気持ちと友人との関係性を細やかに炙り出している。より存在感を放つのが歳上の友人青木、モデルは北村透谷さんである。彼の思想と運命はこのようなものだったのかと驚いた。こうなると透谷作品を読んでみたくなる。
つくづく彼は身の落魄(らくはく)を感じた。(56頁)
このような文章を書く現代作家はなかなかいない。「落魄」という言葉すら、私も漢字から意味を類推するくらいであるが、こういった洗練された言葉は失われてほしくない。藤村さんは詩人ということもあって、作中には甘美で美しい詩が何度か登場した。
今私たちが読むことが出来る明治・昭和初期の文学作品は素晴らしいものが多いが、軽く読める作品、今でいうライトノベルのようなものは少ないように思う。ジャンルとしても確立されていなかったろう。読みやすい獅子文六さんなどが当てはまるのか。三島由紀夫さんの一部の作品(『命売ります』など)もあっさりと読みやすいから当てはまるのかもしれない。