『もう行かなくては』イーユン・リー 篠森ゆりこ/訳
河出書房新社 2022.8.8読了
高齢者施設に住む81歳のリリアが、かつて恋人だったローランドの著作を読みながら過去を回想していくストーリーである。時間軸と構成がけっこうややこしくて難解に思えるけど、リリアのあっけらかんとした語りが時にユーモラスで意外とすらすら読めた。
人生で4回しか会ったことがない相手をこんなにも愛していたと言えるのだろうか。会えない時間が想いを募らせているのだろうか。人が人を想うことは、誰かと比べるものでも図れるものでもない。その人なりの愛し方がある。
一方、ローランドにもとびきりの想いを寄せている人がいた。それは親子ほど歳の離れたシデルだ。登場人物がみな一方通行でもどかしい。本当に好きな人、人生で一番好きになった人とは一緒になれないとはよく聞くけれど、それもある意味では正しいと思う。
リリアの毒舌で奔放な言い分を聞いていると、実は彼女は寂しくてもどかしくて弱かったんじゃないかと思う。ローランドが先に行ってしまったことだけでなく、3人の夫に先立たれたこと、何よりもローランドのと間にできた娘リリーが自死した深い悲しみが全体を通して匂い立つ。ローランドに自分たちの子供が産まれていたと言えなかったことに後悔しつつも、それで良かったような、こういう気持ちってなんかわかる。
訳者のあとがきによると、この作品を執筆中に、著者イーユン・リーさんの息子も自死したというから驚いた。驚いたというよりもぞっとした。だからこんなにも響いてくるんだ、作りものっぽくない痛ましいほどのリアルさを感じたのだ。あまり日本では知られていない作家だと思うけれど、他の作品も読んでみたい。