書に耽る猿たち

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『1R1分34秒』町屋良平|若者の素直な感情が溢れ出す

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『1R(ラウンド)1分34秒』町屋良平

新潮社[新潮文庫] 2022.8.9読了

 

の人ってどうしてあんなにもボクシングが好きなんだろう。ボクシングというより格闘技全般か。私なんて、リングの上で誰かが血を流すのを見るだけでも目を背けたくなるのに。道具もなく身体だけを使い、拳を武器に相手に挑む姿勢。ただ1人で強さを競うという競技が、強さへの憧れとなり、自己をも強くなったかのような疑似体験になるのだろうか。

の作品は町屋良平さんが芥川賞を受賞した作品である。文庫にしてわずか170頁あまりの中編小説だ。しがないボクサーである21歳の「ぼく」が、ボクシングをやり続ける意味、生きる意味を自問していくストーリーである。

術鑑賞と映画を撮ることが好きな友達がとてもいい感じだ。たまに美術館などに誘ってくれるが、芸術なんてわからない「ぼく」はただぼうっとしているだけなのに、友達はその時間が大事だと言う。無になれる瞬間って確かに大事だ。

の人は女の人から「かわいい」と言われるのはそんなに好きではないと思っていたが、「ぼく」は知り合った女性に「かわいい」と言われて嬉しいようだ。女性は男性のことを「かっこいい」と言うよりも、「かわいい」と言う方が最大の褒め言葉であり愛情表現であると思う。たぶん「かっこいい」という前提がないと「かわいい」は生まれてこない。文字通りの「かわいい」だけではない意味があるんだよなぁ。

文が短く、ひらがなを多用した文章は、「ぼく」の心情をそっくりそのままぶちまけているようである。ためらわずに、頭の中で変換せずにそのままに。若者の素直な感情が溢れ出しており、生き生きした、未来への希望が感じられる作品だった。

前読んだ町屋さんの『ほんのこども』は読みにくかったからおそるおそる読んでみたのだけれど、この作品はとても読みやすかった。町田康さんによる解説がとてもわかりやすく、そんな風に読み解けるのかと脱帽した。

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