書に耽る猿たち

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『すべて忘れてしまうから』燃え殻|くすぐったい懐かしさとほっこりする優しさ

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『すべて忘れてしまうから』燃え殻

新潮社[新潮文庫] 2022.9.23読了

 

え殻さんの小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、大人泣き必須ということで話題になり映像化もされた。著者の燃え殻さんは、映像美術の仕事をしながら執筆をしている。現代を象徴するSNS手段を交えた作品でありながらも、昭和や平成初期の懐かしの風物詩が多く、特に同世代の男性から共感する声が多かったようだ。

、私はその『ボクたちはみんな〜』をなんとなくまだ読んでいない。正直、たぶん好みじゃないだろうなと思って避けていた節がある。だけど、先日文庫の新刊として書店にあったこのエッセイは目に止まった。エッセイだし、薄くてすぐ読めそうだし。

3〜4頁ほどの短めのエッセイが50編収められている。どの作品もくすぐったいような懐かしさが感じられる。どれもちゃんとオチみたいなものでくくられていて、上手い。短い文章で、容易な言葉が綴られてるだけなのに、なんかしみじみほっこりする。

るところで涙腺が緩みそうになる。例えば、初めて燃え殻さんの本が出版されることが決まった時、喜ぶよりも「あなたの本なんて誰が買うのかしら」と心配していた母親。出版されたときちょうど入院していて、退院後にすぐさま出かけたのが新宿紀伊國屋書店。息子の本を5冊買ったときの写真が父親からメールで届いたというエピソードを読んだとき。

ンビニで働いている異国のスタッフから優しい気遣いの声をかけられた話、小学5年生の時にドラム缶に猫を入れて蓋をしてしまった過去に対する優しい嘘など、いくつものシーンが胸に響いた。たいていの本もいつか内容は忘れてしまうのと同じように、これらの響いたエピソードも、たぶん全て忘れてしまうんだろう。

え殻さんのTwitterのダイレクトメッセージには「死にたい」という相談がよく届くそうだ。それに対する返答がとてもいい。

僕も死にたいと日に一度は思います。「つらい」、これに至っては日に一度では済みません。「死にたい」は感情の中ではメジャーです。でもあまりにも無個性なので、「死にたい」を「タヒチに行きたい」に変えてみるとかどうでしょう。バカ言ってんじゃねえと思うかもしれませんが、僕はそうしてます。僕に相談した以上、受け入れてください。あなたは死にたいんじゃない。タヒチに行きたいんです。ちゃんと飯を食ってますか?誰より長生きしてください。長生きって最大の復讐です。(37頁)

れを読んで燃え殻さんっていいなと思った。この感性と、絶妙に堕落した人間らしさがとても好きだ。次は小説を読んでみようと思う。また、文庫本に収められた町田康さんの解説が、これだけで作品になると思うほど良かった。以前も町田康さんの解説には唸らされた記憶がある。