書に耽る猿たち

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『サル化する社会』内田樹|専門分野は独立しているわけではなく全てに繋がっている

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『サル化する社会』内田樹

文藝春秋[文春文庫] 2023.6.6読了

 

田樹さんが「なんだかよくわからないまえがき」と題している前書きで、今の日本社会では「身のほどを知れ、分際をわきまえろ」という圧力が行き渡りすぎていると言っている。身の程を知れ、というのが「自分らしさ」を早く知りその枠で生きろと言われているような感覚。「自分らしさなんて別にあわてて確定することはない、深く呼吸ができて身動きが自由になる、それが一番大切だ」と述べていることに、感銘を受けた。

 

生や親から「はやく自分が本当にやりたいことを見つけなさい」と言われても当の子供にとってはストレスになる。これは本当にその通りだと思う。本当にやりたいこと、好きなことは、何年も生きて色々なことを経験してから見つけられる人のほうが多いのではないのだろうか。

 

すが、内田さんは守備範囲がとてつもなく広い。政治経済、天皇制、貧困、国際問題から映画や文学のことまで、多岐にわたる分野において様々な観点から物事を考えている。彼の文章を読んでいると、ひとつの分野というものは独立しているわけではなく、全てに繋がっているような気がしてならない。

 

自分たちの国には恥ずべき過去もある。口にできない蛮行も行った。でも、そういったことを含めて、今この国があるという、自国についての奥行きなある、厚みのある物語を共有できれば、揺るがない、土台のしっかりとした国ができる。(157頁「比較敗戦論のために」より)

アメリカ人は自国の過ちを認めるのに対して、日本人は、隠したがる、隠せるものなら隠すという性質があるらしい。それがかえって不信を呼び、薄っぺらな国民性になってしまうと危惧している。

 

また、学校教育についての章ではこのように述べている。

学校で子どもたちが身につけるべき能力は、学校を出てから役立つものでなければ意味がありません。学校を出た後はすぐに年齢も違う、性別も違う、専門も違う人たちと共同的にかかわることになります。自分とものの考え方が違う人たちとのコラボレーションができなければ仕事になりません。(中略)コラボレーションで必要なのは、汎用性の高い知的能力です。交渉力、調停力、胆力、共感力、想像力…そういうものです。(218頁「AI時代の英語教育について」より)

確かに、そうかもしれない。同学年の集団だけで相対的な優劣を競わせていったい何になるのか。本当に必要なのは、生きる知恵と力であり、子どもたちはそれを育んでいかなくてはならない。子どもたちに土台を教えるのは大人たちだ。教えるものを間違えてはならない。

 

田さんがブログに書いた記事や、いくつかの媒体に発表した時事エッセイをまとめた本である。単行本は2020年に刊行されたというから、3年前。つまりそれぞれのエッセイはもっと前、2018年ないし2019年のものが多い。当時はもちろん安倍政権だ。時事的なものはその時に読まないとホットさがないから、文庫になったときにはちょっとズレた感があるのは否めない。

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