書に耽る猿たち

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『自転しながら公転する』山本文緒|そんなに幸せになろうとしなくてもいい

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『自転しながら公転する』山本文緒 ★

新潮社[新潮文庫] 2022.11.5読了

 

央公論文芸賞島清恋愛文学賞を受賞され、評判も良かったから単行本で手に入れようと何度も思っていた。結局タイミングがあわずここまで来てしまったが、なんと2年で文庫化された。きっと良作ということもあるが、去年まだ58歳という若さで亡くなった山本さんの追悼の意も込めて、そして病床時を綴ったエッセイが同じく刊行されたからそれに合わせて、という出版業界の思惑もあるだろう。

人公の都(みやこ)は、重度の更年期障害となった母親の手助けのために、都会から田舎に帰ってきた。ショッピングモールで契約社員として働き、回転寿司屋さんで働く優しい彼氏・貫一がいる。それでもこのままでいいのかと自分の将来を憂う。恋愛、仕事、家族のこと、誰しもが普通に悩むあれこれが等身大の素直な形で表現されている。

中で貫一は「自転しながら公転してるんだな」と都に話す。付き合って間もないその時には都には何を言っているかわからなかったけれど、成長するとその意味がわかるようになる。自分がもがいて生きていても、その生きる場所自体も動いているということ、つまり、どんな生き方をしようともなるようになる、ということだろう。

トナム人ニャン君との牛久大仏へのはじめてのデートで、都が自分のことを「程度の低い人間」「打算的な人間」「がっかりするような自分」だと泣きながら思いを吐露する。そのシーンがとても印象的だった。それでも、自分に好意を寄せる男性に相談するなんてずるいと思った。けれど、同性よりも異性に話してしまいたくなるんだよなぁ。

性であるから気持ちが痛いほど共感できる。ここ2、3年で読んだ現代女性が主役の小説ではダントツに夢中になれた。できればアラサーで未婚の女性が読むとなお突き刺さるのではないか。それでもアラフォーの自分が読んでもかなり響くから、あらゆる女性にとって共感できるのかも。山本さんがこれを書いたのはもう50代だったのかと思うと、その感性に驚く。都の母親の視点もちょいちょい挟まれるのが良い。最後に都が「そんなに幸せになろうとしなくていいのよ。幸せにならなきゃって思い詰めると、ちょっとの不幸が許さなくなる。少しくらい不幸でいい」と話していたのが心に残った。

一とお宮だから尾崎紅葉著『金色夜叉』を連想するし作品でも何度も触れられているのだけれど、私の中ではユニコーンの『大迷惑』の歌詞が頭の中をぐるりぐるり…。それと『金色夜叉』ってちゃんと読んだことないかもしれないなぁ。今度読んでみようか。

本文緒さんの鉄板は『恋愛中毒』であることは間違いない。あれだけは2回読んだ。でも、この『自転しながら公転する』もそれに次ぐ傑作だと思う。かなり読みやすいし、読後感もハッピーで前を向かなきゃという気持ちになれる。