書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『夢も見ずに眠った。』絲山秋子|夫婦の関係とは。しみじみと余韻が残る作品。

f:id:honzaru:20221124071033j:image

『夢も見ずに眠った。』絲山秋子

河出書房新社河出文庫] 2022.11.24読了

 

本の至る所を旅しているような、いや再び訪れて懐かしむような気分になったといったほうがいいだろうか。岡山県・倉敷、岩手県・盛岡、島根県・松島、北海道・札幌は旅で訪れたことがあるし、東京都・青梅市は以前仕事で一年ほど通った地、そして神奈川県・横浜市は今もお世話になっている街だ。沙和子の実家である埼玉県・熊谷こそ訪れたことはないが、この作品に出てくる多くの土地には馴染みがあり、他人ごととは思えなかった。

ういう夫婦は実はたくさんいるんじゃないかと思う。結婚をしていても住む場所、生活が別々。学生の頃からの付き合いの沙和子と高之は結婚生活を始めるが、早々に沙和子の札幌への単身赴任が決まる。職を見つけたばかりの高之は一緒に札幌には行けず、沙和子の実家で義父母と暮らす(これはちょっと歪だけれど)。夫婦はたまにしか会えず、いつしかお互いが夫婦でいる意味をなくしている気持ちに気づいていく。

れでも2人の関係性は、年を追うごとに、いやお互いの人生経験を重ねたからこそ、違う意味での信頼が生まれていく。数日前に、デーブ・スペクターさんが「離婚の原因は結婚」とツイートしたものが巡り巡って私のタイムラインにも流れてきた。まぁ、それを言ったら始まらないけれど、確かに結婚しなければ離婚しないわけだし、でも離婚して気付くものもあったりするんだろうなと妙に考えさせられた。

の中の想いには句点がない。地の文には普通に句点があるのに、心の声は文字で一文が終わる。会話文がカッコでおさまっているから、他の文は地の文でもなんでもある意味著者の心の声であることに変わりはないのに。そして章の最後の段落では「沙和子が」「高之は」ではなく「彼は〇〇した」というように変化する。このように絲山さん独自の文体が存在感を放つ。そしてタイトルには句点がついていることに気付く。

山秋子さんの作品は1作だけしか読んだことがなかった。たしか『海の仙人』だったと思うのだが、実はあんまり覚えてない。今回読んでなんだかとてもしっくりくるというか、しみじみと余韻が残る良い作品だと感じた。取り止めもない人生の流れに身を任せながらも、人とわかりあうことの軌跡を書いた作品だった。