書に耽る猿たち

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『この世の喜びよ』井戸川射子|存在感ある文体|芥川賞のこと

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『この世の喜びよ』井戸川射子

講談社 2023.1.24読了

 

年井戸川射子さんの『ここはとても速い川』を読んでその文才に圧倒され、すぐに『この世の喜びよ』を購入していた。すでに芥川賞にノミネートされており、まだ未読であるのに芥川賞を受賞しそうだなと思っていた。本当は発表前に読むつもりが色々あってこのタイミングになってしまった。

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ョッピングセンターの喪服売り場で働く「あなた」を主人公にして、ゲームセンターにしょっちゅう訪れる女の子との語り合いから、自分の子育てや過去の生き方を回想しつつ日々を淡々と過ごす。「あなたは」と書かれているが、これは「わたしが」という一人称の読み方もできる。今村夏子著『むらさきのスカートの女』のように、これはもしかして、、と語りに疑いを持つとともに美学を感じながら読む。

らぶれた中年女性が人生を少しあきらめかけた様が物悲しさを漂わせる。しかし若者たちと接することで安らぎを見出せる。「あなた」は人に怒りを発することもなく、感情の起伏があまりない。もっと主張してほしいと感じてしまう。このまま終わるのかなと思いながらも、ラストは希望の光が差すようで神々しく感じた。

 

川賞受賞後だったから期待値が高過ぎたのか、私としては『ここはとても速い川』のほうが圧倒的に好きだ。あの疾走感と寂寥感のインパクトが強すぎた。この作品には一筋縄ではいかない難しさがある。物語の展開がという意味ではなく、読みとるのが困難だ。それでも、間違いなく井戸川さんの書くものには一度読んだら忘れられない存在感があり読むと息がしづらくなるような切羽詰まった感じがある。

 

近でいうと、宇佐見りんさんの作品も芥川賞受賞作『推し、燃ゆ』よりも『かか』のほうが好きだし、今村夏子さんも『むらさきのスカートの女』より『星の子』のほうが好きだ。純文学は好きなので、芥川賞受賞作は好みだし優れた作品が多いとは思う。でも、受賞作だからといって無理に好きになったり推さなくてもいいはずだ。それでも、結局気になるから佐藤厚志さんの『荒地の家族』も読むだろうな。

 

の本には表題作以外に『マイホーム』と『キャンプ』という短編が収められている。どちらもその対象を徹底的な眼差しで淡々と映し取っている。詩を解説した文章のような感じがした。