書に耽る猿たち

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『ホワイトノイズ』ドン・デリーロ|突拍子もないストーリーと狂気じみた人間たち

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『ホワイトノイズ』ドン・デリーロ 都甲幸治・日吉信貴/訳

水声社 2023.2.26読了

 

ン・デリーロの代表作である『ホワイトノイズ』は全米図書賞を受賞した作品である。邦訳は元々集英社から刊行されていたが、絶版となり中古本はかなりの値がついている。この度、水声社から新訳で刊行されたので思わず飛びついた次第。

 

な登場人物紹介にさらっと目を通すと、、どうやらジャックという主人公は5度の結婚をしていて、過去の妻の名前がごそっと載っている。そして子供たちがどの親から産まれたのかなども事細かに書かれていて、早くも混乱しそうな予感。でも実は本文を読み始めると意外とすらすら読める。単行本2段組でかなりのボリュームがあるけれど(2段組は読みやすいから好き)。

 

ャックはアメリカ中西部の大学でヒトラー専門学を教えている。5番めの妻バベットと、何人かの子供たちと暮らす。ある日、タンク車から化学物質が漏れ出し巨大な黒い雲となったのを見て家族と共に車で逃げ出した。しかしジャックはこの空気を身体に入れてしまい死を宣告される。いつ来るかわからない死、いつかは誰にでもやってくる死を様々な角度から考えた意欲作である。独特の世界観の作品で忘れ難き読書体験になった。

 

初から最後まで屁理屈と蘊蓄とのオンパレードで、一体この先どうなるのか予想がつかなかった。終始哲学的で、特に息子ハインリッヒや、大学客員講師マーレイとの会話が興味深い。狂気じみているのはさて置いて。

 

自然災害にしろ人間が引き起こした災いしにろ、主な打撃を受けるのは貧しくて教育のない連中になるように社会は作られている。(122頁)

これとほぼ同じような言葉を、先日、トルコ・シリア大地震のニュースを報じたテレビ番組でコメンテーターが話しているのを聞いた。果たして本当にそうなのだろうか。ある一定の人たちがメディアで取り沙汰されて目立ってしまうからそう見えるだけなのではないのか。

 

イツ語の先生が、ジャックの口の中をずっと見て、ふいに右手を口に突っ込み、舌の位置を直したという場面がある。それを「忘れられないほどの親密さ」と表現するジャック。このシーンを想像すると、無性に身震いしてしまうのは私だけであろうか。英語であれなんであれ、発音時の舌の位置が書かれたイラストはよく見るが、実際に口の中に手を突っ込むなんて卑猥でエキセントリック。

 

拍子もないストーリー展開と狂気じみた人間が出てくるこの感じ、誰かの作品に似ているなと思ってずっと読んでいたが、あぁこれは阿部和重さんの長編小説っぽいんだ。

 

の本を出版している水声社は、海外小説を中心として独特なラインナップで本を刊行しているが、なんと社員数5人という小さな会社だったのに驚いた。こういう出版社には本当に頑張ってもらいたい。