書に耽る猿たち

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『傲慢と善良』辻村深月|生きるためには色々なバランスが大切なんだ

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『傲慢と善良』辻村深月

朝日新聞出版[朝日文庫] 2023.2.28読了

 

婚披露宴の予定も決まり、もうすぐ夫婦となるはずだった架(かける)と真実(まみ)。しかし、突然真実が失踪してしまう。少し前から、真実からストーカーの存在を打ち明けられていた架は、自分と出会う前の真実を知るために奔走する。恋愛ミステリーを絡めた心理小説である。若者の婚活を通して、自分の内面を、生きる意味を問いただす作品である。

 

にはそれほど感じなかったのに、真実と彼女の母親にはイライラしてしまった。それは「真実の傲慢さと善良さが自分の首を絞めてるんだから仕方ないのでは?」と思うからではなく、自分の中にあるそういう部分(傲慢さと善良さ)を否が応でも意識させられ、かつ否定された気分になるからだ。そう、誰にでも、多かれ少なかれ人を見下すようなおごり高ぶる心(=傲慢さ)と、正直で真面目、そして穏やかさ(=善良さ)があるのだと思う。一見対極ともいえるが実は表裏一体で誰の心にも潜んでいる。

 

イトルがあの『高慢と偏見』を彷彿とさせておもしろそうだと感じていたが、本の表紙のイラストを見てあまり読む気が起きずにいた。どうにもこういったイラストに苦手意識があり…。しかも読んでみて、これが35歳の女性にはとうてい見えないのがまた残念。でも、これだけ多くの人に読まれてるんだから、私もついつい読まなきゃなという気になってしまった。

 

分が住む世界で起きていることがこの小説の中にあるから、リアルすぎて、決して他人事ではない。登場する人物全ての人達のセリフが突き刺さる。時に残酷なほど。自分が今こうして生きているのは、その時々で色々な「選択」をしてきたから。でも、それが正しいか間違いか、自分の意思なのかなんてどうやって図れるだろう。

 

中にずばり!ジェイン・オースティン著『高慢と偏見』が出てきた。19世紀初頭のイギリスの田舎での結婚事情が描かれた名作である。当時、恋愛や結婚がうまくいかないのは「高慢」や「偏見」のせいだとされていた。現代の日本で結婚がうまくいかないのは「傲慢さ」と「善良さ」であると結婚相談所の小野里は言う。時代も変われば物事に対する見方も変わる。善良であることが何にも増して尊かった時代は確かにあったはずだ。善良さの捉え方も変わったという背景もありそう。

 

愛や結婚だけでなく、結局のところ、生き抜くため(より幸福感を得られる)には、色々なバランスが大事なんだと思った。

 

村深月さんの小説を読むのは何年ぶりだろう。15年近く前に『凍りのくじら』を読んでハマり、続けて7〜8冊は読んだだろうか。自分も30歳手前だったから、今よりもずっと若者の心理に寄り添えて、共感できた記憶がある。久しぶりに呼んでみて、辻村さんが未だに若者の心を忘れていないことに驚く。歳を重ねてもなお青春小説を書き続けるすごさ。先日、NHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』で俵万智さんが特集されいて、それを見た時も感じた。60歳になる彼女が恋愛の歌を詠むことのワンダフルさ。

 

Amazonのレビューが2,300件を超えるなんてそうそうないよなぁ。本屋大賞受賞作『かがみの狐城』よりも多い。実は『かがみの~』もまだ未読だ。辻村さんの小説は全てが表されているから、文章を読むうえで頭を使わない(書かれたものに熟慮しないという意味ではない)でさらりと読める。やはり、こういう作品が万人に受け入れられる。

 

い人に読んでほしいというわけではないけれど、出来れば結婚を希望する人が読んだ方がより深く刺さるのではないかと思う。でも、例え結婚に失敗があってもいい。自分の意思で何かを決めたなら、後悔もなく前に進めるから、それからやり直したっていいのだ。

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