書に耽る猿たち

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『スター』朝井リョウ|作り手と受け取り手の想い

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『スター』朝井リョウ

朝日新聞出版[朝日文庫] 2023.3.28読了

 

会人を対象にした「これから始めたい習いごと」の第一位が「動画編集」であると何かのテレビ番組で流れているのを先日見た。一般人でもYouTubeTikTokをはじめとして、世間に自分の意見を自由に発することができる世の中。10年ほど前は「パソコン教室」、もっと遡れば「英会話」が人気だったのを覚えている。昔、小学生の将来の夢が「ユーチューバー」と聞いたときは驚いたが、もうそれが当たり前だし、実際に稼いでいるのも人気があるのも、そして若者に影響を及ぼすのもユーチューバーやティックトッカーだ。

 

はこのタイトルを目にした時、中学生の時に合唱コンクールでクラスで歌った「スター」という曲を思い出した。「昨日までの友だちが今日はスターになっている 不思議なことが 不思議なことがあるね」なんか子供っぽい曲だなと思い、隣のクラスの曲「あの素晴らしい愛をもう一度」を羨んでいた記憶がある。

 

の小説の中では、映画の世界(映画を撮る側)でスターになりたい尚吾(しょうご)と鉱(こう)の二人の主人公がいる。メガホンを撮り見せ方にこだわる尚吾と、直感で被写体の本質を捉える紘。大学を卒業した2人は別々の道を歩む。尚吾は憧れの名監督の元で働き、一方紘は実際のボクサーを撮りYouTubeで発信していく。彼らの撮るものはどうなるのか、自分の考える価値、本質を突き詰められるのか。

 

レビの視聴率が下がる一方で、アマチュアが作った動画が現代では主流である。私も今やテレビを見るのはスポーツとニュースくらいだが、かといってYouTubeをたくさん見ているかといったらそうではない。たぶん、もともと対象を映像で脳に取り入れることよりも、文字から仕入れるほうが好きなのだ。そんな私でも、お金を払って映画館に行くよりも、隙間時間に無料で見られる動画をつい見てしまうことはある。やはりいつでもどこでも無料で見られるという手軽さゆえか。

 

代社会における表現方法とその意味を強く考えさせられた。作り手側だけでなく、観る側にも「心」があり、それをどう掴めるかが重要なのだ。このブログもそうだ。読んでもらう側のことをちゃんと考えられているのか。いま一度立ち返ってみなくては。

 

井リョウさんの作品は3~4冊読んでいるが、文章力も表現力も、物語の構成力も格段に上がっている気がする。無駄を省いたスマートな文章なのに、読者の心に及ぼす影響は大きい。

 

合唱コンクールで歌った「スター」のサビの部分は「それはテレビのスターでもなく それは映画のスターでもなく」と続き、最後は「となりでほほえむ 私のスター」で終わる。この曲は、青春真っ只中、異性のことを歌ったものだが、広義でいう「スター」とは、決して誰もが憧れるスーパースターではなくとも良い。

 

分だけに光輝く存在、そんな人がいればそれだけで生きる目標となる。多くの人に伝わらなくても、誰か1人の心に響けばいい、それが結局広がっていく。圧倒的なスターが多くいないかわりに、誰もがスターになり得るそんな時代に読みたい小説だ。

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