書に耽る猿たち

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『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』コーマック・マッカーシー|世界は残酷で、無慈悲で、報われない

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『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』コーマック・マッカーシー 黒川敏行/訳

早川書房[ハヤカワepi文庫] 2023.4.17読了

 

やはや、とても苦しい読書だった。逃げ続けて、撃たれて、撃って、多くの人が血を流し、死に絶えて、もう絶望しかないんじゃないかと思い、かなり息苦しかった。途中までは辛く気づまりだなと思っていたのに、読み終えると、どぼっと余韻が押し寄せてくる、そんな作品だ。

 

薬密売に絡んだ大金をひょんなことから手にした退役軍人のモスは、非情なサイコパスのシガーに追われる身となる。そこに高齢の保安官ベルが捜査に踏み出し、3人の追走劇がひたすら繰り広げられる。

 

ガーもモスも、コイントスをするように、人に「選択」を迫るシーンが印象的だった。人生はかくも選択の連続なのだということ、そしてその一つの選択がその後の行方を大きく左右するのだ。

 

界は残酷で、無慈悲で、報われない。

 

話文にカギ括弧がない文体はたまに目にするが、たいてい前後には、誰が話した、とあったり読点で何からが示されている。この作品では本当にカギ括弧がないだけで会話が文頭から始まっている。つまりカギ括弧の印がないだけ。特に、モスがヒッチハイクをしていた女の子と会話をするシーンが非常に印象的だ。まるで自分がその場で話すのを聞いているかのように、迫真に迫る。

 

分な心理描写がなく淡々と迫る筆致が、余計に読者の想像を否応なく掻き立てる。唯一感情があらわになっているのが、章のはじまりに挿入される保安官の回想だ。これが作品を叙情的にし文学性を高めているように思う。

 

ともと『血と暴力の国』という邦題だったが、今回の文庫化にあたり邦訳が改められた。2007年に本国で上映された映画のタイトルが『ノーカントリー』だったのと、原題に合わせたようだ。映画自体もアカデミー賞4部門を受賞し当時は評判だったので、私も機会があれば観たいと思っている。シガーを演じるハビエル・バルデムさんがちょっと怖いけど…。『ノー・カントリー・〜』は直訳すると「老人の住む国にあらず」、アメリカの生きづらさを表現している。

 

者の黒原さんによるあとがきによると、マッカーシーさんの新作がアメリカで昨年末に刊行されたようで、内容もなかなか興味深い。今年中に早川書房で邦訳が刊行されるとのことで、楽しみに待つことにしよう。