『ゼロ時間へ』アガサ・クリスティー 三川基好/訳
タイトルにある「ゼロ時間」とは、刻一刻と迫る何かのタイムリミットなのか?いや、ここではクライマックスの最後の瞬間のことである。全てが集約されるゼロ時間。普通は殺人事件が最初に起こるのに対して、ここでは逆をいき、ゼロ時間の要因となる現象が次々と展開される。今であればこういう小説は結構多いが、当時は斬新だったと思う。
初めの章で、多くの人物の断片的なエピソードが散りばめられている。てんでバラバラな出来事の数々を読んでいると、この小説にどう関係あるのかと疑問に感じる。しかし、全ては繋がっているのだ。あの時こうしていたからこそ、一つの出来事(ここでは犯罪)に繋がる。以前、貫井徳郎さんの『乱反射』を読んでこれに近い内容だったのを思い出した。
ノンシリーズかと思っていたら(実際にクリスティー文庫の巻末の著作紹介ではノンシリーズの中に含まれている)、バトル警視はクリスティー作品に5回登場しているらしい。シリーズものではないけれど、端役での登場ということか。こういうのは往年のファンにとっては読んでいてニヤリとするもの。バトルの会話にはエルキュール・ポワロの名前も登場する。
今まで読んだノンシリーズの中には、事件が起こらない作品(『春にして君を離れ』)がありそういうタイプも多いらしいが、この作品は本格推理寄りである。登場人物が多いからごちゃごちゃにならないように、本の最初の登場人物紹介頁を何度もまさぐりながらも(クリスティー作品はいつもこの作業が多い!)、鉄板のクリスティー作品でおもしろく読めた。