書に耽る猿たち

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『緑の天幕』リュドミラ・ウリツカヤ|重層的な連なりが感動を呼び起こす

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『緑の天幕』リュドミラ・ウリツカヤ 前田和泉/訳 ★

新潮クレスト・ブックス 2022.2.8読了

 

メリカやイギリスの現代作家はよく読むけれど、ロシア現代作家の作品はあまり読むことがない。ロシアといえばドストエフスキートルストイなどの文豪が多く、その壮大なストーリーと人間の心理をえぐる魂の叫びは文学の高みにあると言える。 

語訳者の沼田さんご夫妻が昨年刊行した『ヌマヌマ』という現代ロシア作家の短編集(タイトルも表紙もふざけてて妙に目立つ)を買おうか迷っていたところ、フォローしているヘラジカさんのツイートが気になり、このウリツカヤさんの新刊を読んだ。「ランキング入り確定かも」というのを見たら期待せずにいられない。

かにこの作品、分厚くて一瞬怯むのだけど、最初の数ページ読んだだけで好みに合うとわかったし、緩やかに流れる時の中で、複雑に絡み合う登場人物の生き様を想像しているだけで身悶えする。読み終えるのが惜しくなるような素晴らしい作品だった。

シアの長編小説独特の登場人物の多さに辟易し、名前なのか地名なのか、男女どちらなのか、そして呼び名が変わるロシア名の煩雑さ、これは健在である。それをなんとかこらえて読み進めていくうちに、読書の喜びが見出される。

リヤ、ミーハ、サーニャという幼なじみ3人の少年時代は、シュンゲリ先生と共にあった。シュンゲリ先生の教え子たちへのひたむきで熱心な教育と文学を愛する姿を見ていると、こんな先生に教えられるなんてとても幸せだなと思う。ロシア文学愛好サークル〈リュルス〉での活動は、その後の生徒たちの生きる信義を形作る。

「正しい師を得ることは生まれ変わるのと同じです」(282頁)

ュンゲリ先生もそうだが、サーニャにとってのコロソフ先生もまた同じだ。指を負傷しピアノ演奏家の道を閉ざされたサーニャは、音楽とは縁を切らずに生きる。また、詩人の感性を持つミーハは聾唖者のために出来ることを探っていく。

ーリャという女性が登場し、イリヤの人生と絡み合う場面からおもしろさが加速した。各章ごとにタイトルがつけられているのだが、このオーリャが初めて登場する章(全体の3分の1くらいのところ)が本のタイトルと同じ『緑の天幕』であり、ひときわ光り輝く章となっている。この章だけで、ある意味結末がわかるようになっている。

かし真に感動するのは、その後の章で、知り得なかった事実が明らかになり、色々な人物の視点で語られたあとなのだ。この小説は時間軸と主人公が行き来して、読み終えた時に重層的な連なりとなり、しみじみとした感動が深く押し寄せてくる。

説の骨格となるのは、非合法な出版(地下出版)に携わっていたイリヤの物語である。ロシアでは文学の持つ意味合いが非常に大きい。厳しい言論統制下にあったロシアでは、非合法な本がたくさん登場する。ジョージ・オーウェル著『一九八四年』は当時はこんな感じだったのだなぁ。今読んでも抜群におもしろいのだから、当時はなお一層興味を湧かせただろう。制約があったからこそ、より読みたいという意欲を掻き立てられたはずだ。

リツカヤさんの小説は邦訳されている作品が結構ある(ほとんどが新潮クレスト・ブックス)ようなので、他の作品も絶対読もう。そして、ほかの現代ロシア人作家も追っていきたい。

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