書に耽る猿たち

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『狼の幸せ』パオロ・コニェッティ|透き通ったビー玉みたいで、冬山なのにあたたかい小説

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『狼の幸せ』パオロ・コニェッティ 飯田亮介/訳

早川書房 2023.5.26読了

 

ォンターナ・フレッダというイタリアンアルプスにある集落を舞台にした作品。山岳小説なのに最初は不思議とそんな感じがしなくて、小さな田舎町の出来事といった印象だった。しかし、シルヴィアが雪崩の音を初めて聞いた時から、読んでいるこっちも「あぁやはり山だな」と自然の驚異を目の当たりにする。

 

々を通して、季節の移ろいと動植物との触れ合い、そして自然界の心地よい不便さを肌で感じるようだった。終始空気が透き通っていて、自然の匂いが染み付くようなそんな読み心地である。透き通ったビー玉みたいで、自分がもし小説を書くならこんな物語を書きたいと思えるような作品だった。

 

イトルが『狼の幸せ』になっているけれど、狼はなかなか登場しないから、徐々にこれは暗喩だなと。自由に新天地を求めて旅を続ける狼の暮らし。それは、ファウストであり、シルヴィアであり、バベットであり、サントルソであり、人間本来の生きる喜びに近しいのだ。

 

ルヴィアがファウスト葛飾北斎の画集をプレゼントするシーンが好きだ。小中学校の美術や歴史の教科書にも出てくるから北斎の画風はお馴染みであるけれど、ちゃんと考えたことがなかった。富士山ばかりに目が行くけど本当に北斎が書きたかったのは手前に描かれた市井の人々の営みだ。この小説でも、山々をバックにして登場人物たちが主役だ。北斎の画集をモチーフにしたこの作品の構成の仕掛けもまたおもしろい。

 

ァウストが小説家なこともあり、作中に興味深い作品や作家の名前が登場する。ファウストがコックになった料理屋の名前であるイサク・ディーネセン『バベットの晩餐会』や、アーネスト・ヘミングウェイ『異国にて』然り。そうそう、ファウストの人生を変えたというジャック・ロンドンの著作には『白い牙』があった。あれは「狼」の作品だ。

 

好きな現代イタリア人作家の一人、パオロ・ジョルダーノさんの小説を訳されている飯田亮介さんのTwitterでこの作品を知った。まず何よりも装幀が素敵である。早川書房というより(早川さんの装幀イメージが良くないわけでは決してない!素敵なのも多い)佇まいが新潮クレストブックスに近い。この装幀そのままのイメージで、冬山なんだけれど、人々が通い合う気持ちはあたたかい。

 

オロ・コニェッティさんといえば、今月から映画も上映されている『帰れない山』が有名で、原作はイタリア文学最高峰の文学賞ストレージ賞を受賞されている。読もう読もうとしていて、結局まだ読めていないからこれを機に読もう。

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