書に耽る猿たち

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『月の三相』石沢麻依|面の裏側にあるもの|装幀が素晴らしい

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『月の三相』石沢麻依

講談社 2022.9.6読了

 

川賞受賞作『貝に続く場所にて』がとても良かったので、受賞後第一作目となる『月の三相』を読んだ。

東ドイツの南マインケロートという街がこの作品の舞台となっている。「面」に惹かれた女性たち、望(のぞみ)、舞踏家グエット、面作家ディアナが主人公である。絵画や文学作品をモチーフにしながら、記憶と歴史を多角的な面(視点)で捉えていくストーリーである。

の街では「眠り病」が流行っているという。ひとたびこの病にかかると、数ヶ月間目を覚まさない。その間に肖像画家が眠り人の肖像を作るならわしがある。この地域ならではの逸話がおもしろい。また、月といえばごつごつしたクレーターのイメージしかないが、この小説で望は、乱視だから月の面が色々な表情に変わると考えている。この感覚もまた新鮮だ。

真は一定の瞬間を切り取るものだが、肖像は常に変わっていく。何故なら、人の顔が年齢を重ねるにつれて変化するように、肖像にも錐を入れていくから。しかし、そうした表面上の変化だけに捉われるのではなく、裏側の表情もなお変わり続けるのだということを考えさせられた。

面の移り変わり方、レースや宝石を思わせる装飾品のような修飾語の数々が、まだわずか2作品しか出していないのに石沢さんの確固たる文体を築いている。しかしストーリーには起伏がほとんどなく抽象的なので、読む人を選ぶかもしれない。私はこの雰囲気は好みである。

の本は装幀がとても美しい。前作とひと続きになっているような天文学的なデザインで、小説の持つ雰囲気や佇まいにとても合っている。装幀を担当されたのは川名潤さん。素敵なデザインだなと思って装幀者を確認すると、彼の名前が載っているのを他にも数冊確認していた。調べてみると有名な方のようだ。本の第一印象(だけでなく永遠にかも)は装幀で決まると言っても過言ではない。これは紙の本ならではの楽しみだ。

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