書に耽る猿たち

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『ルクレツィアの肖像』マギー・オファーレル|スリリングで鳥肌ものの読書体験間違いなし

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『ルクレツィアの肖像』マギー・オファーレル 小竹由美子/訳 ★

新潮社[新潮クレスト・ブックス] 2023.7.9読了

 

とつの絵画と曰く付きのエピソードから、こんなにも豊かでスリルあふれる物語を生み出せるとは。数ページ読んだだけで虜になり、最後の頁まで存分に楽しめた。久しぶりにひたすら続きが気になって仕方ない、夢中になれる小説に出会えた気がする。本当なら、読み終えたくなかった!

 

トスカーナ大公コジモ一世の三女ルクレツィアが主人公である。彼女はフェラーラ公アルフォンソ二世と結婚したが16歳で急死した。死因は公式には「発疹チフス」とされたが、夫に毒殺されたとの噂があったのだ。

 

ィレンツェにルクレツィアの肖像が残されており、19世紀イギリスの詩人ロバート・ブラウニングの『先の公爵夫人』という劇的独白が作品の下地にあるようだ。実物の肖像画に魅せられた著者マギー・オファーレルはルクレツィアを見事に小説に甦らせた。ちなみに本の表紙の絵画は本物の肖像画ではないみたい。

 

をめくると、のっけから不穏な状況下にあるルクレツィア。人里離れた荒野にある建物で夫と夕食を取っているが「夫は自分を殺すつもりなのだ」と悟る。一体どういうことなのだ?どうして妻を殺そうとしているのか?優しくも感じられるアルフォンソが一体何を考えているのか…。やっぱり優れた小説って、導入部からもうやばい。

 

さな頃から他の兄弟姉妹たちと比べられて育ったルクレツィアは、実は感性豊かで聡明、自分の気配を消して歩くことや聴力に秀でており、特に絵画の才能がずば抜けていた。しかし、政略結婚が当たり前だった時代、公爵家や貴族に産まれてしまったことから運命は決まってしまう。女性であれば権力の鎖の輪として、結婚して世継ぎを産むために。男性であれば、強力な支配者になるための教育を受ける。

 

使を味方につけること。これが重要で、ややもすると両親や兄妹よりも信頼関係が強い。結局のところ、女性は強いのだとまたしても思い知らされる。例え権力があり肉体的にも力がある男性がいようとも、それに勝る女の力は手強いのだ。最後まで読んでもどうしてもある謎が残った(自分の解釈で合っているのかと)から、読んだ人と本当は語り合いたいのだけれど…。

 

張感が絶えず押し寄せる、最後までスリリングな読書体験はなんとも得難いものだった。小竹由美子さんの動詞を割愛した訳文がこの雰囲気にとても合っているし、いつもながらに素晴らしい訳だった。

 

者の名を日本にも知らしめた『ハムネット』を実はまだ読んでいない。これも傑作だと名高いから、絶対読もう。それにしても新潮クレスト・ブックスの美しさよ…。装幀もさることながら、字体もとても好き。新潮クレスト・ブックスと白水社のエクス・リブリスは、本を手にしているだけで幸せになるよなぁ。単行本なのに重くないのがまた良き。