書に耽る猿たち

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『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ|心の声を聴くこと

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『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ

中央公論新社[中公文庫] 2023.7.20読了

 

2021年の本屋大賞受賞作。気になりつつも読めていなかったが、文庫化されてさっそく手に取った。クジラの形をした栞がかわいい。「感動した」とか「泣きながら読んだ」と絶賛されているけれど、読む前は大袈裟だな~と思っていた。

 

んな想いは杞憂に終わる。読み終えた今、心を揺さぶられ、とてもあたたかい気持ちになれる良作だと感じた。書店員が選ぶ本屋大賞、つまり作家や批評家などのプロが選ぶのではない、本が好きな一般大衆が選ぶというのがうなずける。圧倒的に読みやすく共感できるのだ。ちなみに、文庫本カバーの裏にスピンオフ作品があり、田舎教師&都会教師 (id:CountryTeacher)さんのブログで知った。このほのぼの感をうっかり読み過ごすところだった!

 

去に何かの事情があり、それを忘れるために誰も知らない土地、大分県にある海辺の街に住むことにした貴瑚(きこ)は、人の噂に絶えない狭い世界に戸惑っていた。そこに、実の母親から愛されず言葉を失ってしまった「ムシ」と呼ばれる少年が現れる。似たもの同志だった2人は徐々に心を通わせ合う。貴瑚の過去が明らかになるにつれてどうしようもない歯がゆさと苛立ち、哀しみが押し寄せてくる。

 

瑚や少年のことを見ていると、テレビに流れてくる子供虐待のニュースがついつい思い浮かぶ。2〜3日前にも、大阪の34歳のとある女性が共済金を不正受給する目的で、娘に食事を与えず、なんと43回も入院させたというニュースを見て痛ましい気分になった。

 

ジラの鳴き声なんて聞いたことも想像したこともなかった。よく「キュウキュウ」というイルカの鳴き声が話題になる(というか題材にされる)が、クジラがどう鳴くかは考えたこともない。「52ヘルツのクジラ」とは、同じクジラの仲間たちにも聞こえないような周波数で歌を歌う、世界で一頭しかいないクジラのこと。誰にも聞こえない、聴覚ではない、人の心の奥底にある本当の叫びを、私たちは聞くことができるのだろうか。

 

会で居場所がない人が登場する物語は、お決まりといえばその通り。悲惨な環境にある人物が救いを求め、そして救われるという美談は、お涙頂戴的な要素もあり、私も半分くらいまでは「よくいる登場人物、よくある展開だな」と感じていた。しかし後半は一直線に没頭した。不覚にも、通勤電車で涙が流れそうになった。特にアンさんのくだりなんて、それはもう。

 

田そのこさんの作品は2作目だ。心の隙間に、誰もが僅かに空洞を持っているその場所にひっそりと訴えかけてくる。そういえば、去年の本屋大賞も町田そのこさんが『星を掬う』で受賞された。連続ってすごいよなぁ。

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