アメリカの月刊雑誌『コスモポリタン』に1924年から1929年にかけて掲載された短編をまとめたものである。序文のなかでモームは「ただこれらの物語を面白いと感じてくれること以外には何ひとつ読者に要求していない」と述べている。モームは生涯の全ての作品にこの意志を貫いていると思う。
特に気に入ったのは次の2作である。
『弁護士メイヒュー』
弁護士として働いていたメイヒューがイタリアから帰ってきたばかりの友達からカリブ島にある見晴らしの良い家の話を聞き、職を捨てその地で暮らすことになる話だ。彼の生涯が最高だったと書き手が思う理由がラストを締めくくり、それが絶妙だった。
『蟻とキリギリス』
かの有名な寓話を元にした作品だ。まじめな人には良い報いがあるが、ふまじめな人は罰を受けるという教訓をモームの角度で示した話である。現実の世界に照らし合わせると、得てしてその通りではないという真実。本当にそう。子供の頃は、悪いことをしたら天罰がくだるみたいなことを信じていたけど、大人になるにつれて、悪いことをした人も意外ととんとん拍子にするりと上手く生きていく人が多いということに気付くものだ。全く、なんたる不合理よ。
どの短編も8頁から10頁ほどの短いもので、指定された雑誌誌面の文字数の中に、落ちもつけながらうまくまとめられている。しかし、似通った作品もあらから、まとめて読むと飽きてしまうのは否めない。月刊誌で毎月一つづつ読むのが適した読みかただろう。こうして本になっていれば、毎日寝る前に一作づつ読むとか。
このような長さの短編は当時は珍しかったようで、ショート・ショートの走りともいわれているそう。言うまでもなくモームの長編は大傑作であるが、短編も侮れない。どの作品も味わい深く、スルメのように噛めば噛むほどしみじみと良さが出てくる。モームは本当に天才だ。