書に耽る猿たち

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『無暁の鈴』西條奈加|転落した人生のその先にあるものは

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『無暁の鈴(むぎょうのりん)』西條奈加

光文社[光文社文庫] 2024.01.10読了

 

人公の数奇な運命、転落していく物語は確かに読者を魅了し熱狂させる。人の不幸を嘲笑いたいわけでも、自分のほうがマシだと安心したいわけでもないと思う。この先、彼がどうやって起死回生するのか、どのように生きるよすがを見つけるのかをしかと見届けたいのだ。

 

暁は、この小説のラストに辿り着くまでに何度も死にかけた。死にそうになったというよりも、自ら命を絶つことがあり得たという意味で。思うに、人は苦しみや悲しみが大きければ大きいほど、その先には必ず大きな喜びを感じることができる。生きていれば誰しもが感じる小さな小さな幸せを噛み締めること、感謝の気持ちを持ち続けることが大事だと改めて感じ入った。

 

い頃に母を亡くした行之助は義母に預けられるが、虐めを受け寒村の寺に預けられることになる。小坊主として修行を積むが、世の不条理から出奔してしまう。ふとした出逢いから一緒になった又吉とともに生き、無暁と名乗るようになった彼は、ヤクザになり人を殺めてしまいーー。そんな無暁の波瀾万丈に満ちた人生。

 

丈島に流された無暁はまだ当時20歳にもなっていない。島流しというのは昔からよくある刑罰だ。例えば真田幸村高野山へ、ナポレオンはセントヘレナ島へ。そして、かつて宇喜多忠家は無暁と同じこの八丈島へ。

「そうか……幸不幸を決めるのは、己自身だけなのだな」

との、ひとつの真理にも辿り着いた。たとえ世間の一切から哀れみを向けられたとしても、当人が満足していれば、それで幸せなのだ。逆に世間から羨望を受けるお大尽でも、やはり本人が嘆いていれば不幸といえる。(232頁)

幸せかどうかを決めるのは自分自身、これはよくいわれる真理である。無暁のこれまでの生き様をみているからこそ、なおのことこれが心に突き刺さる。周りの目を気にしたって仕方がない。というか、周りを気にしないほどの自分でいられる強さを身につけられると、自信が生まれポジティブになり行き着くと悟りの境地に達するのかもしれない。

 

の本は、西條奈加さんの『心淋し川』を読みブログにあげたときに、ニードル (id:kokoko777)さんからおすすめと教えてもらった。『心淋し川』は連作短編だったが、こちらはずっしりとした長編だったため、無暁への感情移入が半端ない。この本も良作だった。それにしても西條さんの文章は温かみと安心感がある。解説によると『心淋し川』『無暁の鈴』は、西條さんの作品のなかでは「シリアス系」に分類されるようで、次は「ユーモア系」の作品を読んでみたい。

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