書に耽る猿たち

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『二人キリ』村山由佳|みんな大好き阿部定の生き方

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『二人キリ』村山由佳 ★

集英社 2024.03.11読了

 

こ半年以内に、NHK松嶋菜々子さんがプレゼンテーター役をしている番組で、阿部定事件のことが放映されているのを見た。昔世間を騒がせた事件だが、不思議と阿部定に同情を寄せたり敬する声も多い。こんなにも情熱的になれるのか、自分もこんなふうに愛し愛されたい、と思うからか。捕まって刑期を終えてからはずっとなりを潜めていた定さんが、高齢になってから身を明かし、料理屋をやっていたのは知らなかった。

 

山由佳さんが書いた伊藤野枝の評伝『風よあらしよ』がとてもおもしろかったので、この作品も期待して読んだ。前作よりもフィクション感が強めだったけれど、夢中になった。寝る間を惜しんで、とか、隙があったらなんとしても読み耽りたい、みたいになる小説って実はそんなに多くないのだけれど、これはまさしくその境地になれたのだ。ちょっと寝不足気味になるほど。

 

料理屋「若竹」を営む阿部定は60歳を過ぎていたがなお色香漂うオーラがある。縁者であるという波多野吉弥(はたのきちや)という脚本家の男性が訪ねてきて、阿部定の真実を本に書いてみたいと言う。すでに定に関係のある多くの人物から話を聞きそれをまとめていた吉弥だが、本人から、誰にも明かされていない真実を聞きたいと切に願う。

 

東大震災、地震が起きたまさにその時には秋葉の上に乗って腰を振っていたから地震に気づかなかった(186頁)とか、どうしても軀が寂しい時だけは気安く関係する相手もいたけど、そんなの按摩を呼ぶのと変わらない(324頁)とか、定のぶっとんだ感覚に時には笑い、時には憐れみを覚える。

 

間誰しも、人よりも少しだけ得意なことはある。内容は人それぞれだ。料理が上手い人、気が利く人、運動神経が良い人、人をまとめるのが上手い人。飛び抜けた才能がある人もいる。物理や化学で天才的な頭脳を持ったオッペンハイマー、類い稀なる絵画の才能を持つピカソゴッホ、音楽ではモーツァルトやベートーベン。

 

れを読んで思ったのが、定は性の営み、異性を愛し愛されるという才能が抜きん出ていたというだけではないか。人間の持つ3大欲求、食欲、睡眠欲、性欲。そのなかのものが抜きんでているのは、才能とは呼べないのだろうか。何故だろう。職業にはらないからだろうか。

 

み終わると猥褻さが否めないというか、なかなかの破廉恥表現も多かったけれど、それが読書スピードを早めたのかななんて。みんなこういう本好きだよね。それに村山由佳さんももともとこういうのを得意にしていたから、腕がしなっただろうなぁ。

 

を売る仕事をした人の転落の人生みたいな作品は数多く存在するが、阿部定の事件以降に書かれたものは、この事件をモチーフにしているんだろうなと思う。しかし転落の人生と傍目には映るかもしれないが、本人達にとってはそれはそれは幸福だったのだ。それに永遠に「二人キリ」でいられるのだから。

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