書に耽る猿たち

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『事件』大岡昇平|公判を重ねるごとに形を変えていく

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『事件』大岡昇平

東京創元社創元推理文庫] 2023.7.14読了

 

廷ものを久しぶりに読んだ。来月、WOWOW椎名桔平さん主演のドラマが放映されるようで、この文庫本のカバーの上に、まるっとカバーがかけられている(全面広告カバーは好きでないので外して写真を撮った)。

 

キュメンタリー風に仕上げた息詰まる裁判物語である。作中に何度も「これが推理小説だったら」のような表現が出てくる。それが、小説といえども現実に起こっていることのようで真実味を増す。

 

和36年、神奈川県の山林で若い女性の死体が見つかった。翌日19歳の少年上田宏が殺人および死体遺棄の容疑で逮捕される。痴情のもつれかと思われるありふれた事件。それが、裁判の経過が克明に追求されていくなかで、少しずつ暴かれていく。

 

の時代とは制度も異なってはいると思うが、司法制度、裁判制度の実態について詳細に書かれていた。特に「集中審理方式」については大岡さんのこだわりが感じられた。

 

見なんの変哲もない「事件」である。タイトルが殺風景だなとか、もっと印象的なものにすればいいのになと最初は思っていたけれど、これは誰にでもどこででも起こりうる事件であり、犯罪は公判を重ねるごとに形を変えて被告人に作用することがまた「事件」であるから、このタイトルなのだ。

 

法廷は抽象的な法の正義を行う場所であるけれど、人間の自然の人情というものがまったくなくなるわけではない。(378頁)

被害者側、加害者側だけでなく、この事件に関わるすべての人がそれぞれに事情を抱えており、初めに持っていたイメージと驚くほど見方が変わってしまうことに慄く。

 

く考えたら大岡昇平さんの『野火』や『レイテ戦記』をまだ読んでないかも。「有名すぎて読めていない作家」あるあるのうちの1人。そもそも大岡昇平さんは戦争ものというイメージがあって、こういう小説を書いているのを知らずにいた。ググってみると、本人は相当な推理小説好きとして知られており、処女作もミステリーなんだとか。

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