書に耽る猿たち

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『風よあらしよ』村山由佳/怒涛の人生、道を自ら切り開く

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『風よあらしよ』村山由佳 ★

集英社 2020.10.19読了

 

人解放運動家、アナキストである伊藤野枝(のえ)さんを描いた評伝小説である。少し前に、瀬戸内寂聴さんの『かの子繚乱』を読み、寂聴さんが書く他の評伝も読みたいと思っていた。伊藤野枝さんの生涯を書いた『美は乱調なり』を探そうと思っていた矢先に、この村上由佳さんの新刊が書店に並んでいた。

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れがなんと伊藤野枝さんの評伝小説なのだ。村山由佳さんといえば、恋愛ものというイメージだったけれど、こういう評伝も書くんだな〜。単行本、分厚いけれど、読み易そうだし読んでみるか。

や、おもしろかった!伊藤野枝さんの生き方が熱すぎるのだ。今でこそ強い女性は多いが、明治・大正の時代にこれだけの熱意と行動力がある女性は珍しい。生涯に3人の夫を持ち7人の子供を産んだ伊藤野枝さんの太く短い生涯を、現代に鮮やかに炙り出した秀作である。この時代が今の時代よりも遥かに、皆が生きるために必死でかつ希望とエネルギーに満ちて生き生きしているように思うのは私だけだろうか。

枝の学生時代、当時唯一の女流文芸雑誌だった『青鞜(せいとう)』の発起人は平塚らいてふ。与謝野晶子の歌も、当時デビューしたばかりの田村俊子(田村さんも最近気になっている方の1人だ)の作品も『青鞜』に載っていたようだ。今でこそ男女間の差はほとんどなく女性の社会進出は当たり前だが、それもこの時代に彼女らが行動を起こしたからなのだ。

人の値打ちは、行動で決まる。どんなに高い理想を掲げても、ただ思索をこねくりまわしているだけで世の中は変わらない。本当に世間を動かしたいと思うなら、自らが行動を起こさなくては駄目なのだ。どんなに無力であっても、躊躇っていては駄目なのだ。(258頁)

枝は子供の頃から女性軽視の社会や貧困から生まれる格差に疑問を持つ。思っているだけにとどまらず、意見を吐き出し行動する。自分の道を自分で切り開く。そんな彼女にいつしか読んでいる私も惹かれていく。その野性的な姿を思い浮かべながら。

2人めの夫は元教師の辻潤つじじゅん)、教育者という立場から野枝の才能を開花させる。ナルシストでインテリな辻に惹かれる野枝。なんか、わかるなぁ。途中までは文学愛好者にはもってこいのストーリーで、ある意味のんびりと読めるが、鋭い眼光を放つ大杉栄(3人めの夫となる)が登場する中盤からは無政府主義運動が絡み、物語は加速していく。

れにしても大杉栄が掲げる「自由恋愛の実験」の如何に自分勝手なこと。それでも女性が放っておかないのは彼が魅力的なのだろう。どんな人かと思ってググってみたら、まぁハンサムで見目麗しく今でいうイケメン。彼の思想の根底を表したものが『文明批評』創刊号に載っている。

思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そして更にはまた動機にも自由あれ。(470頁)

彼は恋愛だけではなく何に対しても「自由」という思想を掲げ、日本という国の未来のために自分の命を惜しみなくさらけ出し戦い抜いた。

憲から目をつけられ常に追われる身。そのなり振り構わぬ物腰から大杉には敵も多い。しかし一方で、手を差し伸べる人もおり、知れば知るほどそのカリスマ性と人間愛に魅了される。なんと魅力のある漢(おとこ)か。物語を終える頃には、野枝以上にこの大杉栄に俄然興味が湧いた。分厚い単行本だけど読む価値あり。