書に耽る猿たち

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『優しい暴力の時代』チョン・イヒョン|何かと折り合いをつけていくのが生きるということ

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『優しい暴力の時代』チョン・イヒョン 斎藤真理子/訳

河出書房新社河出文庫] 2024.03.13読了

 

紙のイラスト、家の洗面台そっくりなんですよね…。これになんだか親近感が湧いてしまう。それに斎藤真理子さんが訳してる!と思ってついつい手に取った。でもこの洗面台の棚、左側にしかモノが置かれていないのがちょっと気になる。精神的になのか肉体的になのか、所有者に偏ったものがあるのだろうか。韓国文学は定期的にというか、思い出した頃に読んでいる感じ。そろそろ読むタイミングみたいだ。

 

国で刊行された『優しい暴力の時代』という短篇集に、もう1作『三豊(サムブン)百貨店』を収めた日本独自の短篇集になっている。どの作品も味わい深く愛おしい。好みの文体であった。それぞれの登場人物なりの矛盾と悩みを解き放つために、何かを手放し代わりに他の何かを手に入れるような物語だ。

 

に気に入ったのは『ずうっと、夏』である。小さい頃から大きな身体で、学校のみんなに「ブタ」と呼ばれたリエの物語。リエは日本人の父、韓国人の母を持ち、父親の仕事の関係で色んな国を転々とする。Kという国で出逢ったメイとの愛しくも複雑な関係。南北問題と友達関係について痛切に考えさせられる。リエは、家族間での通訳の本質、それはつまり「相手に信じさせること」だと言う。ついてもいい嘘があるのと同じように、相手を和ませるための訳し方もあるのだ。

 

  

「優しい暴力」ってよく考えたらすごい言葉だなと思う。肉体的な「暴力」であれば、された側についてはきっと多くの人から同情され優しい言葉をかけられるのだと思う。しかし「優しい暴力」は、誰からも気付かれない、当の本人しか感じ得ない無言の精神的な圧力だ。何かを奪われたり失ったり、自分の中にあるバランスを崩しながらも合わせていく。生きていくということは、そんな風に何かと折り合いをつけていかないとならないことなのだ。昨今よく問題になっている『教育虐待』もそんなようなものかもしれない。

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