書に耽る猿たち

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『国宝』 上下 吉田修一 / 死ぬまで舞台に立ちたいのは皆同じ

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『国宝』 上  青春篇  下  花道編   吉田修一

朝日新聞出版   2019.3.10読了

 

は歌舞伎を鑑賞したことがまだない。去年友人が「女子歌舞伎」なるものを習い始めて、その発表会を観に行ったことがあるだけだ。素人が演技していることもあるが、慣れない衣装、大きな声、柔らかな身のこなし、歌舞伎ならではの語り、これは大人になってから始めるのにはあまりにも難しいと感じた。小さいころから身体で覚えて生活の一部にしないともたないと思う。彼女は元々歌舞伎が好きで、たまに鑑賞もしていたからアンテナを張っていたのだろう、普通は女性には門が開いていない「女子歌舞伎」なる習い事を雑誌だかフリーペーパーだかで見つけたそうだ。彼女の勇気と演じている姿を見て尊敬したし、またこの「女子歌舞伎」を立ち上げた先生にも敬意を表したい。

ちろん、華のある世界、ニュースでも歌舞伎役者がスポットを浴びることは多く、市川家、尾上家、中村家など有名どころは知っている。ちなみに掛け声は屋号であり、それぞれ成田屋音羽屋、中村屋(これは名字と同じ)のようだ。歌舞伎はほとんどが世襲である。そのため、主人公喜久雄よりも準主役俊介のほうに感情移入してしまう。俊介の気持ちはほとんど会話文でしかなく本心はわからないが、計り知れない悔しさ、悲しさ、やるせなさがある。

侠の家に生まれながらも、その美貌と類い稀なる才能から歌舞伎界の花形となり、人間国宝にまで上り詰めた喜久雄の生涯。歌舞伎だけではないが、こういった芸能の世界では皆、死ぬまで舞台に立ちたいという人が多い。舞台というものがあるから、死に際まで立ち続けた、など称賛されることが多いのだが、これは他の職業でも趣味でも同じであろう。観衆がいるステージがないだけで、好きなことを死ぬまで続けること、これだけ幸せな人生があるだろうか。

園の世界を少しだけでもかじれたのは良かった。構成としては、章ごとに時が変わり、5年~10年と飛ぶ場合もあるのだが、私としてはその間の経緯をもう少し知りたい気持ちがあり物足りなく感じた。物語としてはとても綺麗にまとまっているのだけれど、どうしても大衆向けというか、多くの人に読みやすくしている臭いがする。新聞連載ということで仕方ないのだろうなぁ。文章の語りもいつもと異なり、私は吉田さんらしい昔の作品の方が好きだなぁ。個人的には台湾と日本の架け橋を担っている小説『路(ルウ)』がオススメだ。