書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『充たされざる者』カズオ・イシグロ / もがき、苦しみながら、もどかしいけれど読んでいたい小説

f:id:honzaru:20190930075940j:image

充たされざる者カズオ・イシグロ  古賀林幸/訳

ハヤカワepi文庫  2019.10.3読了

 

そらく、カズオ・イシグロさんの小説(日本語訳されたもの)の中で一番の長編であろう。文庫本ではあるが、分厚いし重いし、値段もいい。940頁、1,500円。正直、特別面白い!と思えるわけではないのに、何故か手に取ってしまう、イシグロさんの小説。いや~、この読み心地がたまらなく好きなんだよなぁ。

回の作品も、だらだらと、見方によっては無駄に頁を割いてるような印象で話が進む。ライダーという世界的ピアニストがある街に招かれ、「木曜の夕べ」という催しに出席するまでの数日間の話なのだが、その催しが一体何なのかも、街のただならぬ雰囲気も、ライダーの忙しすぎるというスケジュールも明確にはわからなく、ただただ、忙しい、忙しい、と呻きながら終盤まで進むのだ。話がどんどん逸れていき、他人のことなのに、さも自分の過去の出来事のような錯覚に陥る。そして、逸れた話がいつの間にか終わるのだけれども、元のライダーの位置に戻るのが、読んでる自分もそして多分ライダー本人も、毎回困難になってしまう。

が出来なくて、水の中をもがいているような、そんな感覚。夢の中で、走っても走っても足が前に出なくて、なかなか進まないような、そんなもどかしい感覚の作品だ。最後まで、一体何の話だったのかはよくわからない。人それぞれで解釈が異なる作品で、おそらく、始めてイシグロさんの本を読むのがこの作品だったらきっとお手上げになる。

れでも、まるで中毒になったかのようにイシグロ作品にハマってしまうのだ。ちなみに、「満たす」と「充たす」の違いは、容器の大きさが決まっているかどうか。「満たす」の場合は元の容器が決まっており、「充たす」の場合は決まっておらず、無限大なのだ。だから、「充たされる」ということはない。なるほど、『充たされざる者』かぁ、「充たされる者」には決してならないということか。

とイシグロさんの作品で未読なのは、『遠い山なみの光』と、短編集『夜想曲集』だけになってしまった。数ヶ月に一度は彼の読み心地を味わいたいのに、残り少なくなることが何とも口惜しい気持ちだ。

honzaru.hatenablog.com

 

honzaru.hatenablog.com