『犬と鴉(からす)』田中慎弥
講談社文庫 2019.11.10読了
表題作を含む3編の中短編が収録されている。過去に私が読んだ2作品に比べると、1番昔に書かれたようだ。前回読んだ『燃える家』に非常に圧倒されたから、それには劣るだろうと、あまり期待を持たずに読み始める。
表題作『犬と鴉』は、抽象的なきらいがあり難解に感じた。終戦を迎えたが、犬が人々を襲い傷つけ、一向に平穏な日々は訪れない。主人公の祖母(おそらく生きてはいなく、あの世からの声なのだが)が語る、悟ったような言葉が耳にまとわりつく。悲しみめば悲しむほど満腹になる、という表現。人は悲しむために生きているのかと思わせるが、ここには逆説の意味があるのだろう。
最後の『聖書の煙草』が1番読みやすかった。父を早くに亡くし、母親と暮らす無職の男。母と子の、放ってはおけないお互いの関係性が見て取れる。確か田中さんも母子家庭で育ったはずだ。愛情を持って育ててくれた母親に対して素直になれない息子、いくつになっても変わらない絆がある。
田中さんの文章は、丁寧で綺麗な日本語で、何より人を惹きつけると思う。今回も、暗さと闇が絶えず付き纏うが、これが癖になる田中ワールドなのだ。文庫のあとがきを書いているのは平野啓一郎さんであった。確か、『燃える家』についても、何かで平野さんが書評を書いていたような気がする。平野さんは田中さんの作品が好きなのか、同時代を生きる同じ作家として何か通じるものがあるのだろう。