書に耽る猿たち

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『夜の歌』なかにし礼/過去の作品と重なる自伝小説

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『夜の歌』上下  なかにし礼

講談社文庫  2020.2.11読了

 

かにし礼さんの自伝的小説だ。26歳で入院した時にゴーストという存在に初めて出会い、過去と現在とを行き来するストーリーになっている。この作品は雑誌に掲載されたようだが、書き始めたのも、度重なるがんに侵され、生き方を考えさせられたからだ。がんだけではなく闘病の結果強くなった人間は、見えてくるものが違うのだろう。涅槃の境地を感じたり目に見えない力を信じることは、こういった死の淵を彷徨った人だからこそ生まれる気がしてならない。

頭の「穿破(せんぱ)」を恐れるシーンは圧巻で作品に前のめりになる。穿破とは、がん細胞が隣接する多臓器の壁膜を穿ち破り侵入すること。そうなると多臓器不全となり激しく吐血し、必ず4〜5日で死ぬ。激しく吐血するシーンから自分はもう死ぬのではと悟る。なかにしさん、今もそんな気持ちを抱きながら毎日を生きているのだろうか。いや、逆にゆったりとした日常を過ごしているに違いない。

去の『兄弟』『長崎ぶらぶら節』『赤い月』などの名作と比べてしまうと読み劣りがするのが正直なところ。というよりも、半分以上が『赤い月』の内容そのものだった。あの印象的なセリフ、「あなたは生きることの天才だ」もそっくりそのまま出てくる。とはいえ、『赤い月』は母親目線で書かれていたのが、今回の作品ではなかにし礼さん自身の目線で書かれている。そして、最後の方は『兄弟』そのものだった。

honzaru.hatenablog.comもそも、『兄弟』も『赤い月』も自伝に近い小説だから、集大成と言える今作品にそれらのエピソードが重なってしまうのはやむを得ないと思う。でも、小説として読んだ時になんだか違うなと思ってしまう。また、私は小説家としてのなかにしさんの方が馴染みがあるけれど、やはり作詞家あってのなかにしさんなのだと読んで改めて感じた。

れにしても、この表紙の絵が私には怖い。一度見たら忘れられない、なんともおぞましい寒気を感じる絵である。戦闘服を着て、酸素ボンベのような太いチューブを使い呼吸をするかのよう。中西夏之さんという方の「吐息の交換」という作品のようだ。吐息の交換は、この小説の中でもゴーストと交わす重要なシーンとなっている。この画から着想を得たのだろう。解説を読んで、この画はなかにしさんに寄贈されたものだと知った。寝室にあったら少し怖いような。