新潮文庫 2020.3.19読了
やはりオースターさんはいいなぁ。どこに連れて行ってくれるかわからないストーリーと洗練された文体(これは柴田氏の力によるところも大きいが)、流れる時間が読書の楽しさを充分に味わわせてくれる。前回読んだ『孤独の発明』は私には少し難しかったが、本作品は読みやすかった。
家族を事故で失い無気力になったデイヴィッドは、過去に失踪した謎の無声映画俳優ヘクター・マンのことが気になり、彼の昔撮られた映画を各地で辿りヘクターの本を作ることに熱中する。何故か彼の映画を観て本作りに没頭することで、哀しみから救われるようになったのた。そんな折、ヘクターの妻なる人物から手紙が届く。ヘクターがあなたに会いたがっていると。ヘクターは生きていたのだろうか?謎に満ちた彼の半生を、読者はデイヴィッドと共に彷徨っていく物語だ。
映画についての緻密な描写に絶えず驚かされる。作中で、こんなにも映画のシーンを細かく掘り下げる小説はあるだろうか。それが、ただの説明にならず、さすがのオースターさんで映画を観ていなくても想像できるような動きのある描写なのだ。作中の本はよくあるが、作中映画はあまりない。
デイヴィッド視点で書かれているが、いつしかヘクターの小説なのではないかと錯覚してしまう。『ムーン・パレス』の時にも感じたが、いつのまにか主人公が入れ替わるようなトリックが隠されているのだ。
最後は少し悲しくなったが、それでも希望を失わずに生きていくこと、人は哀しみや苦しみを経験するごとにどんどん強くなっていくんだなと改めて感じた。全体を通して暗く陰鬱な雰囲気が漂っているのだけれど、オースターさんの文章はどこかコミカルでニヒルな感じがする。
相変わらず村上春樹さんの書く小説に似ている。漂う空気感もそうなのだけれど、登場する女性の、つかみどころのないような得体の知れない感じが。さて、オースター作品、次は何を読もうかな?