書に耽る猿たち

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『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』門田隆将/あの時何が起きていたかを知る。そして真実を残す。

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『死の淵を見た男 吉田昌郎福島第一原発』門田隆将

角川文庫 2020.6.16読了

 

型コロナウィルス感染予防対策で映画館も閉館され、当初の公開時期延期を余儀なくされた映画『フクシマフィフティ』。3月頃は映画の番宣で、佐藤浩市さんと渡辺謙さんのお姿をテレビでよく観ていた。この映画、ちょうど今上映されているのかな?あまり反応はよろしくないようだけど、この映画の原作が今回読んだ作品。

川文庫の最近はやりの全面広告の帯!印象に残るし宣伝効果大だろうけど、私は元の装丁をもう少し大事にして欲しいと思うのだ。少なからず装丁に携わった方がいるからその人の気持ちも忘れたくない。帯はいつもの大きさでいいのに。本当のジャケットは、これ。

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田隆将さんは幅広いジャンルでノンフィクションを執筆されているようだ。元々太平洋戦争について上梓したものが多く、福島原発が建つ場所は、元々戦争末期に飛行技術習得や特効訓練の現場だったので偶然知識が深かった。そのためこれを運命と感じ、地震の時何が起きたのか、そこで誰がどう闘ったのか、事実を書きたかったそうだ。

日本大地震というと、地震津波による甚大な被害、または放射能による汚染という側面で考えることが多い。しかし、これを読んで自分が原発については無知だったと自覚した。原発はこと震災に限っては悪者というフィルターで見ていたのだ。あんなところに作ったからだ、爆発したらどうなるのか本当にわかっていたのか、と東電を責めるかのように。

の本では、原子炉の暴走を食い止めるため、極限状態の現場で指揮を取った吉田昌郎(まさお)さん始め、のちに「フクシマ50」と呼ばれた彼らのありのままの姿が描かれている。まさに、死と隣り合わせで。著者の門田さんは、現地を訪れ多くの人にインタビューし、彼らのことを実名で書いた。だからここには真実しかない。読んでいて、危機迫る描写と緊迫感に胸が押し潰されそうになる。

原発と第二原発で計10基の原子炉が爆発すると、チェルノブイリ事故の10倍もの被害となってしまう、これが予期する最悪の事態。もしかしたら、日本はあの時分断されていたかもしれない。それを回避するために、最後まで奮闘してくれていた人たちがいた。これは、日本人として知らなくてはならない真実だ。

田昌郎さんが強いリーダーシップを発揮し得る人物だとわかるのが、放射能障害の予防薬であるヨウ素剤を飲ませる場面だ。「若い人は1錠飲みなさい。40歳以上の者は飲まなくてもいい」という指示が東電本店(東京・内幸町)や官邸から出ていた。それに対し吉田さんは怒声を発したのだ。

「こっちでは、40歳未満には飲ませるけど、それ以外は飲ませないとか言ってるが、それでいいんですか?」

「おい、はっきりしてくれ!」

放射線量が上がっている時に、現場に行く人間に飲む人と飲まない人がいる、というのはおかしいと思ったんです。みんなが同じように行ってるんですから、私としてはそれはねえだろう、と思ったんです。(118頁)

のように、咄嗟の判断で物事の真意を問える人物はそうはいない。聞かれた本店や安全委員会はどうにもはっきりしない、理由を答えられない。これは現実の会社でもよくある。役員や上司の命令は絶対で有無を言わせない、そして疑問にすら思わない多くの社員。ここで何かを言える人がいたら、きっと吉田さんのような方だ。

災から10年あまり、東北の復興は少しづつ進んでいる。しかし、いずれは知る人も語る人も減り、おそらく記憶の彼方に忘れ去られる。そうなった時のためにも、事実をありのままに残したものが必要だ。SNSがはびこりフェイクニュースが蔓延する世の中、信じられる書物、文献を残すこと。これは今を生きる我々の使命だと思う。

近読んだ本で、赤松利市さんが東日本大地震をテーマにして書いた小説が2冊ある。これはもちろんフィクションだ。改めて読むとまた違う感情が湧くかもしれない。

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