書に耽る猿たち

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『忘却の河』福永武彦/罪を背負い生きていく

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『忘却の河』福永武彦 ★★

新潮文庫 2020.9.28読了

 

日読んだ『草の花』にとても心を奪われたので、同じく多くの人に読み継がれている福永武彦さんの『忘却の河』を読了した。

んという小説だろう。読み終えた今も、余韻を楽しむというか、ぼうっと虚ろな気分に酔いしれている。美しいけれど儚く哀しい、しみじみと心に滲み入る素晴らしい作品であった。

50代の中年男性を始めとして、彼の2人の娘、病床の妻、若い男性、それぞれの独白から章が成り立っている。各章を独立する短編のようにも読めるが、読み終えた後に全体から圧倒される物語の引力が凄まじい。登場人物それぞれが抱える孤独と悩みに痛いほどに共感できる。

り手により文体までも変えているようだ。娘2人の章では、溌剌としたエネルギーに満ち溢れた若さが感じられる。一方で寝たきりの妻の章では、生きることの希望をなくし、ひたすらぐすぐずと泣きべそをかくかのように、つらつら長ったらしい文章となっている。圧巻は中年男性だ。過去の事件や過ち、決して幸せとは言えない生い立ちを抱えた、暗くただれたような姿が文字から浮かび上がり、第1章から読者は引き込まれるのだ。

ということについて考えさせられる。司法で裁かれる罪のことではなく、自分の中の「罪」だ。人は誰しもが何らかの罪を抱えて生きていく。それは、償ったという明確な基準がないから、生きることは苦しみと共存するということなのかもしれない。歳を重ねれば重ねるほど罪は深く多くなる。

中に「リモートコントロール」という単語が出てくる。この時代にリモート?なんて思いはしたのだが、よくよく文章を見るとテレビのリモコンのことらしい。コロナ禍の現代でよく聞く「リモート」だが、略さずに呼ぶとかえってその意味が新しく感じられることがある。洋服の流行が時代と共に繰り返すように、言葉も形を変えて繰り返すのかもしれない。作品自体は古いのだが、あまりそう感じさせないのは、人間の持つ孤独や罪は不変ということだろうか。

説の終わり方もとても美しい。陰鬱な彼らの想いの中に、ひと筋の光が刺すかの如く生きる希望に繋がる。文体、構成、ストーリー全てが完璧だ。

を読んでいて、こんなふうに気持ちが高揚することは稀だ。それだけ心を打つ作品で、読み終えたくなかった。福永さんの小説はまだ2作しか読んでいないが、全集を揃えたいと思うほど気に入っている。私が書店員だったら、フェアにしてお薦めしたいし、今このブログを読んでいる方にも是非読んで欲しい。

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