書に耽る猿たち

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『最果てアーケード』小川洋子|余韻を楽しめ、優しい気持ちになれる

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『最果てアーケード』小川洋子

講談社講談社文庫] 2022.3.22読了

 

んの数ページ読んだだけで、小川洋子さんの書く可憐で美しい、そして儚げな文体に落ち着きを感じる。心にストンと落ちていく。ゆっくりと、一つ一つの文章を噛み締めながら読んでいく。

こは、世界で最も小さいアーケード。商店街の大家を父に持つ少女がこの小説の主人公である。店からの荷物をお客様のところに配達するアルバイトをしながら、アーケードを探索しアーケードと共に生きている。相棒のべべという犬と一緒に。

作短編集になっており、それぞれの短編ごとに店の店主や訪れるお客さんにスポットを当てて書かれている。完全な単独のストーリーというわけではなく、少しづつ重なり合う部分がある。連作短編集ってよく聞くけど、今は長編小説とあまり変わらないように思う。長編と謳っていても、章ごとの固まりで一つの作品になっているものはたくさんある。

こには、日時生活で使う八百屋やお弁当屋クリーニング屋さんなどは日常使いの店は出てこない。もちろん商店街の中には存在してはいるとは思うけれど。どう考えてもたまにしか(もしかしたら一生に一度あるかないか)使わないような、義眼屋、レース屋、紙屋、勲章店など小川さんが好みそうなお店ばかりにスポットが当たる。例え扱っているものが中古だとしても、人の思い出が詰まったものはその品物が輝く。

ビトって、誰かの名前なのかと思っていたら兎の「ラビット」だったのに気づく。『ノブさん』という章で、これが「ドアノブ」のお店の店主のことだと誰が思うだろう。ノブタカとかノブコとか名前の一部を略して呼んでいると普通は考えるだろうに。小川さんの手にかかると、一つ一つの品物も名前も、かけがえのない大切なものになるようだ。決して光り輝く宝石ではなく、ひそかに、ある人にしかわからない輝きを放つようなもの。

逢いと別れが多く、特に死と隣り合わせになる話が多い。でも不思議と辛さや哀しさはそんなに多くなく、静謐で敬虔な雰囲気が漂う。余韻がいい。あのあとどうなったんだろうとか、あの人はきっとこんな気持ちだったんだろうとか想像するのが楽しい。

うしてこんなに優しい気持ちになれるんだろう。時々、思い出したかのように小川さんの作品に触れたくなることがあって、読み終えたあとには充足する。実は『百科事典少女』を読み終えたとき、この本はもしかしたら一度読んだことあるかも、と気付いてしまったのだけれど、、そんなことはどうでもいいと思えて、ただただ余韻に浸れるのが小川さんの作品なのだ。

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