書に耽る猿たち

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『雪沼とその周辺』堀江敏幸|品のある美しい文体を味わう

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『雪沼とその周辺』堀江敏幸 ★

新潮文庫 2021.2.6読了

 

代日本における偉大な作家の1人である堀江敏幸さん。芥川賞を始め数多の文学賞を受賞し、早稲田大学の教授も務めている。現在では文学賞の選考委員もされている堀江さんは名前をよく目にするのだが、実はまだ彼の本は読んだことがなかった。

沼という架空の町を舞台とした連作短編集のような形を取っており、はじめの『スタンス・ドット』を読み始めてすぐさま心にすとんと落ちる。美しい日本語と心地良い文体。短い作品なのだが読み終えた瞬間、私にもささやかな戦慄が走った。閉館するボウリング場の年老いた店主と同じように。

庫本の見開きを読むと、この僅か30頁にも満たない『スタンス・ドット』という作品で川端康成文学賞を受賞していた。老店主の過去と現在、難聴の彼が感じる音の連なり、若いカップルと自分たち夫婦などが見事にシンクロしている。そして行間から漂う深み。いやもう、現代日本文学の優れた作品を久しぶりに読んだ気がする。

の短編も素晴らしいのだが、個人的には『送り火』が気に入った。絹代と母親との穏やかな生活が書かれているのかと思っていたが、2回りも離れた歳上の夫と絹代との心あたたまる話だった。風態の上がらない夫に惹かれていく絹代と、老年になっても優しい夫の姿にしみじみと癒される。

沼という田舎町に住む人たちの日常と過去を映し出し、人間らしくそして謙虚に生きる登場人物たちに共感し応援したくなる。どの作品も終わり方が絶妙で、あっと驚く様な不吉なような、僅かばかりの恐怖を感じる作品もある。

江さんの書くものは、一言で表すと品があり美しい。ストーリーそのものにスリルや緊迫するような展開はないけれど、ほのかなあかりを灯し、切なく心に滲み入る作品たちだ。最近読んだ『オリーヴ・キタリッジの生活』に雰囲気が似ている。やっぱりこういう波長のものは好きだなぁ。

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