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『父を撃った12の銃弾』ハンナ・ティンティ|じっくり読みたい父子の物語

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『父を撃った12の銃弾』ハンナ・ティンティ 松本剛史/訳 ★

文藝春秋 2021.4.4読了

 

語に引き込まれるシーンが、最初の章の終わりにある。12の銃弾痕が身体に残るルーの父親ホーリーは上半身裸になる。陽の光を浴びて踊る姿が、スローモーションとなり鮮やかに浮かび上がるのだ。一昨年話題になった映画『ジョーカー』で、ホアキン・フェニックスさん演じるアーサーが階段で踊るあのシーンを思わず連想してしまう。

の作品は、母親を幼い頃に亡くした少女ルーが父親ホーリーと共に過ごす現代のパートと、父親ホーリーの少年期から青年期にかけて、ルーの母親リリーと出逢いそして銃弾を受けていくという過去のパートが交互に連なる構造になっている。父親の身体の銃弾痕は何故できたのか?過去に両親に何があったのか?ルーとともに探るミステリ仕立てだ。

初は現代パート、ルーの成長物語がメインかと思いながら読んでいたのだが、実はこれ、ホーリーが主役の「銃弾#」と書かれたパートがすごくおもしろいと気づく。男臭い、血生臭い、まぁアメリカらしい暴力的な話なんだけど、ハードボイルド臭が漂いなんとも味があるのだ。

リーの母親、つまりルーの祖母であるメイベル・リッチが結構ポイントになっている。彼女が実は一番強いのではないだろうか。タフなのはいつも女性。そして、タイトルからもわかるように「銃」がキーになる。日本人にはどうしても馴染みがなく、おもちゃの拳銃以外は警察官でない限りほとんどの人が目にしたことはないだろう。それでも、手に持つ銃から弾を発する時の何かを解き放つ爽快感のようなものが文章から充分に伝わってくる。

の小説はエドガー賞最優秀長編賞の最終候補に残った作品である。エドガー賞とは、アメリカ探偵作家クラブがその年の最も優れた長編ミステリーに贈るものだ。だからミステリーを主軸においたもの。確かに、ホーリーの銃弾痕や母親に関する謎を紐解く過程がミステリーなのだが、私はそれよりも壮大な文芸作品に思えた。チャンドラー著『ロング・グッドバイ』がハードボイルドというよりも文学的に思えたのと同じように。

年刊行された名作『ザリガニの鳴くところ』に似ているなんていうレビューをいくつか見たけれど、言われてみれば確かにその通りだ。ルー達が住むのは海辺の屋敷で湿地を連想させる。ルーの成長が、湿地の少女カイアを思い起こす。そして、同じように本がソフトカバーであること、ジャケットの色合いもなんとなく似ているのだ。

行本2段組でフォントも小さめだが、ぐいぐい読ませる展開で、物語世界に没頭してしまう。そして家族愛に満ちた壮大なロードノベル。スリルもあるけれどじっくり読みたい作品。特にアメリカの海外文学好きにはたまらない作品だと思う。

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