書に耽る猿たち

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『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬|狙撃兵の境地とは、真の敵とは

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『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬

早川書房 2022.1.15読了

 

考委員満場一致(しかも満票)で去年のアガサ・クリスティー賞を受賞した本作品。単行本が刊行される前から話題になっていたので、私も楽しみにしていた。これが逢坂冬馬さんのデビュー作で、なんと直木賞候補にも選ばれたというからもう快挙としかいいようがない。

二次世界大戦の独ソ戦が描かれている。生まれ育った村を焼かれ、村人や母親までもドイツ兵に殺されたセラフィマは、「戦うか死ぬか」を迫られる。生きるには戦うしかない。母を殺したドイツ兵士と母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐することを誓い、女性狙撃兵として生きる道を選ぶ。

ラウス・コルドン著『ベルリン3部作』を先月読んだばかりだったので、物語にスムーズに入れた。『ベルリン』はドイツ側から、これはソ連側から捉えたもの。敵に対する憎しみの気持ちは様々あれど、生きるための希望や大切な人への愛は、人間みな同じなのだとわかる。

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連には女性だけの狙撃兵部隊が実際にいたということ、本当に女性狙撃兵を訓練する学校があったとは知らなかった。戦争をテーマにした小説はたいてい男性が主役であったから、まずはこの斬新な試みが新鮮である。狙撃シーンの緊張感はリアリティに溢れる。狙撃の境地は知りたいような、知りたくないような。

争を描いた作品ではあるけれど、エンタメ、シスターフッド(女性同士の絆)作品の趣が強いと感じた。結構ボリュームがあるように思ったが、改行が多いからかすらすら読める。ロシア特有のわかりにくい名前も、日本人作家が書いたものだからかすんなり頭に入る。

ビュー作でこのようなスケールの大きい作品を書くなんて。そして構成も素晴らしく、特に「真の敵」を見出す場面はぞっとした。ただ、期待値が高すぎたかなとも感じる。これは完全に好みの問題なのだが、私は元々銃撃戦などの描写が苦手なこともあるし、もう少し重厚な心理描写と歴史背景が欲しかったかな。次の作品で逢坂さんが何をテーマに書くのか気になる。

ガサ・クリスティー賞というからもっとミステリや謎解きを重視したものかと思っていたけれど、応募作品は「広義のミステリ」なのだそう。試しに調べたところ、過去の受賞作品は1作も知らなかった。この作品で、同賞の知名度は上がっただろう。さて、今週水曜日、ついに芥川賞直木賞受賞作が発表される。文学界盛り上がれ〜

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