書に耽る猿たち

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『ミシンと金魚』永井みみ|圧巻の語りに打ちのめされる

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『ミシンと金魚』永井みみ

集英社 2022.3.16読了

 

花はきれいで、今日は、死ぬ日だ。(129頁)

に包まれた帯にも書かれているこの文章が突き刺さる。容易な言葉でたった3センテンスの短い文章なのに、妙に気になる。そして不思議と美しい。人間、死ぬ当日というものはわかるものなのだろうか。

巻の語りに圧倒される。安田カケイさんというおばあちゃんの視点で最初から最後まで語られる。痴呆が入っていて支離滅裂なところもあるのだけれど、ほとんどが理解できるし、理解できなくてもいいんじゃないかという気さえする。軽快でユーモアで、皮肉もある口語体がこの作品の最大の特徴である。  

くでお世話をしてくれる「みっちゃん」というのは、著者の永井みみさんのことだろうか。いや、でもみっちゃんはたくさん出てくるから、ヘルパーさんみんながみっちゃんなんだろう。この呼び方の理由は、作品の終わりの方になってカケイさんから明かされる。

タスタ歩く、ではないお年寄りの歩き方は「ポクポク」歩くになるという表現や、女の赤ちゃんはギャアギャアと泣くのではなく「ふみふみ」泣くんだとか表現方法が独特である。カケイさんの考えることや仕草など、実際に毎日高齢者の近くで過ごさないと出てこないよなぁ。カケイさんの語りがリアルで、本当に目の前にいるかのよう。

をとること、つまり老いることはマイナスなイメージが強い。確かに若いときに比べて出来ることは少なくなり、鈍くなる。何より外見上の問題が気分をげんなりさせる。でも、誰しもが平等に歳を重ねるわけだし、楽しむことも大事だ。カケイさんが言うように幸も不幸も1人の人間にとってちゃんと帳尻が合うように出来ているんだと思う。『老いてこそ生き甲斐』と石原慎太郎も書いている(まだ未読だけど)ように、老いたからこそ理解できるもの、老いてからしかわからない喜びというものがあるのだと思うと、老いることに抵抗がなくなってくる。

者の永井みみさんにとってこの作品がデビュー作で、第45回すばる文学賞を受賞された。ケアマネジャーをしながらこの作品を書いたそうだ。昨年の同賞受賞作は木崎みつ子さんの『コンジュジ』で、あれもよかったなぁ。1年はあっという間だ。選考委員が好みの作家ばかりだからか、すばる文学賞受賞作は結構相性が良いような気がする。永井さんが次回作はどんなものを書くのが楽しみであるし、来年のすばる文学賞もまた楽しみだ。

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