書に耽る猿たち

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『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ|人間は一体何を見ているのか

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『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳

河出書房新社河出文庫] 2022.3.19読了

 

然目が見えなくなってしまったら。今まで見えていた世界が白い闇に変わってしまったらどうなるのだろう。本を読むことを何よりも楽しみに生きている私にとってこれほどキツイことはない。おそらくいま目が見えている人にとって一番失いたくないものが視力ではないだろうか。矯正できない、視覚を失うという意味において。

かもこの小説で書かれている失明は、感染症なのだ。精神病院に隔離される感染者の姿と政府の対策は、さながら新型コロナウイルスが流行し始めた時の日本を含む世界の状況を見ているかのようだ。濃厚接触者を隔離するように、失明した人々はまるで犯罪者であるかのように扱われる。

の作品には人の名前が出てこない。「医者の妻」「車泥棒」「サングラスの女」などがその人を示す単語となっている。固有名詞の名前がないことが、かえって万人に起こり得ることだという予感をはらむ。しかし、彼らはどうやって相手を呼び合っていたのだろうか。

わたしたち人間は弱みを見せまいとすると、かりに死にかけていても、なんでもないと答えるものである。これは困難に立ちむかう行為として一般に知られており、人類にのみ見受けられる現象といっていい。(48頁)

ラマーゴさんらしい人間の哲学がそこかしこに盛り込まれる。これが楽しいのである。先月読んだジョゼ・サラマーゴさんの『象の旅』がとても良かったのだが、この本も期待に違わずとてもおもしろかった。

間はいかに他人の目を気にしているかがよくわかる。人の目を覗いて生きていると言っても過言ではない。しかし、実は私たちがいま見ているものは真実ではなく、本当に大切なことは目に見えないものなのだと気付かされる。サラマーゴさんはこの作品を思いついた時に「人間はみな盲目だ」と話していたという。

が見えないと、音と臭い、つまり聴覚と嗅覚が冴え渡る。作品では聴覚よりも嗅覚の話が多く、特に「臭い」という感覚にみなが苦しめられる。よく考えたら目が見えない人や耳が聞こえない人はいるけど、鼻が効かないという人は風邪をひいてる人を除いてほとんどいない。初期の新型コロナウイルスでは鼻が効かないという症状をよく聞いたけど。

れまた本の頁にぎっしり埋まった文字の渦に目眩がしそうになるけれど、不思議と読み心地は良い。改行や会話文の括弧がないのは『象の旅』だけではなくサラマーゴさんの文体の特徴だったのか。いかんせんこの長さのため、最後まで読める人は多くないかもしれない。

の小説は『ブラインドレス』という作品として映画化されていたらしい。映像で表すのは難しそう…。だってこれは目に見えないものを考える作品なのだから。

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