『キャロル』パトリシア・ハイスミス 柿沼瑛子/訳
河出文庫 2020.11.16読了
先日読んだ『太陽がいっぱい』で、リプリー作品には続きがあると知り読もうとしていたのだが、先にこの『キャロル』を読んだ。当時この小説はパトリシアさん名義ではなく、クレア・モーガンという別名義で出された。
今でこそ同性同士の恋愛は特別なことではないし、映画や本などいたるところに溢れている。現実にもたくさんいて、国によっては婚姻も認められている。少しづつ理解が広まっている。ジェンダーレスな未来に幸あれ。でもこの小説の舞台は50年以上前で、当事者は今以上にかなり肩身の狭い思いをしていた。
デパートでアルバイトをする19歳のテレーズは、ブロンドの髪をなびかせる美しい人妻と出逢う。お互いに惹かれる2人はいつしか旅行にいくまでになる。テレーズには恋人が、キャロルには夫と子供もいるのに。2人の危険な関係がこの先どうなるのかスリリングな展開を期待するような、しないような。
サスペンス作家として名高いパトリシアさんだけど、私はこの恋愛小説のほうが好きかもしれない。相手が同性なだけで、恋に落ちる瞬間や、ふとした相手の表情だけで元気になれたり、ふとしたことで気分を害したり、切ないまでの胸の内が手にとるようにわかる。というか、想い出す。
テレーズの成長を描いたストーリーともいえる。19歳のテレーズの頭の中は「キャロル、キャロル、キャロル!」でいっぱいだ。だからこのタイトルは『キャロル』なんだと思う。テレーズよりも20歳くらい上のキャロルの頭の中は、多分テレーズでいっぱいではない。歳を重ねるとわかるのよ、と作中でもキャロルは諭す。
パトリシアさんが別名義でこの作品を世に出したのは、レズビアン作家というレッテルを貼られたくなかったからだという。それだけ、刊行時は蔑視されていたのだろう。でも、この作品で、テレーズのひたむきな感情を素直に表し得たことは、著者がひた隠しにしていた同性愛者だったことからも納得が出来る。これほど真実味を帯びた艶めかしい表現とその気持ちは本心でないと伝わらない。
でも、同性同士の恋愛を描いたどの小説よりも、なんだかきれいなのだ。じめじめとねばつく嫌らしい感じが一切ない。異性との普通の恋愛小説、はては不倫の話よりもむしろ神々しいほど。ひたすら美しい恋愛小説だと思う。読み終えた今、すがすがしく感じる。
映画のほうもとても評判が良い。なんでもキャロル役のケイト・ブランシェットさんが美しすぎるよう。テレーズ役のルーニー・マーラさんももちろんキュートで素敵(ホアキン・フェニックスさんとの間に産まれた息子の名前は、なんとリヴァー!)。映画も今度堪能したいなぁ。