『道』白石一文
小学館 2022.7.23読了
白石一文さんの小説は、年々柔らかくなってきているような気がする。昔の作品は切れ味鋭く、読むたびに感情を揺さぶられた記憶があるのだが、今はゆったりとした心持ちで読める。それはそれで悪くないと思うのは自分も歳を重ねたからであろう。
帯にもあるように、タイムスリップの話である。娘を交通事故で亡くし、精神に異常を喫した妻と過ごす日々、功一郎は過去を悔やむ。あのときああしていれば、娘の事故は未然に防げたのではないか、妻も自殺未遂をしなかったのではないか。昔一度成し遂げた「あれ」を試し、2年ちょっと昔の自分に戻るのだ。
あり得ないストーリーではあるのだが、妙にリアリティがある。細部まで繋がるストーリーに隙がなく、まるで何層にもある世界が同時進行しているような感覚になる。死後の世界があるという考えも、これに近いんじゃないだろうか。
人は誰しも「あの時、ああしていれば」と思うことがある。過去を振り返るときにはみなそう考えるだろうし、人が生きていくということは常に選択の連続をするということである。もし過去に戻ることが出来て、自分の人生を揺るがす事件(特に悪い方向のもの)を未然に防げたとしても、別のところで何かが起こり、結局のところ人生の幸不幸はプラスマイナスゼロに収まるんじゃないかと思った。
ニコラ・ド・スタールの『道』という油絵がこの作品の鍵になっている。名前は聞いたことあるけどどんな画風だったかなと調べてみたら、確かに何度か目にしたことのあるタッチだった。ある絵画を作品のモチーフにした小説は、ストーリー以上にその絵自体が記憶に残ることが多い。この作品でもそうなるだろう。